bluesoyaji’s blog

定年後の趣味、大学入試問題の分析、国語の勉強方法、化石採集、鉱物採集、文学、読書、音楽など。高校生や受験生のみなさん、シニア世代で趣味をお探しのみなさんのお役に立てばうれしいです。

高校教師が解いてみた 大学入学共通テスト国語 第2日程 第2問 小説「サキの忘れ物」津村記久子

共通テスト第2日程 国語 第2問小説「サキの忘れ物」

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本文の読解

 

登場人物は主人公「千春」と常連客の「女の人」が中心で、ほんの少しだけ店長とアルバイトの菊田さんが終盤に登場する。

千春と女の人の会話も、複雑な内容ではなく、量も少ないのでつかみやすい。

ただし、千春が心の中でつぶやく内容を会話と勘違いしないように注意。

 

本文は一読ですっと頭に入って来る。

いくつかの場面に分けてみる

 

1~19行

・本を店に忘れた女の人が問い合わせる。

千春が本を渡す。

注文を聞く

20~44行

・千春が話しかける。

女の人との対話

45~60行

・「サキ」の本を買いに行く。

64~終わり

・翌日、女の人がブンタンをくれる。

昨日の、本を読んでみての気づき

ブンタンを持ち帰り、部屋に置く。

 

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問1 語句の意味

(ア)居心地の悪さを感じた

 千春が黙り込んでしまい、女の人は、「もしかしたら~ごめんなさいね」と頭を下げる。1所在ない感じは「手持ちぶさた、特に何もすることが無い」の意味なので×。正解は4.

 

(イ)危惧した

 直前「正直、それだけの情報では、なんとかサキだとか、サキなんとかいう人の本を出されるのではないか」と心配するので、4が正解。

 

(ウ)むしのいい

 自身にとって都合のいいというのが辞書的な意味。本を読むと、「高校をやめたことの埋め合わせが少しでもできるなんて」とあるので、1が正解。

 

いずれも簡単ですね。

 

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問2「何も言い返せないでいる」千春の状況や心情の説明

 

38行に「千春は自分が少しびっくりするのを感じた」とある、これが根拠です。「意表をつかれて」と言い換えている2が正解。

1は「彼女の境遇を察し、言葉を失ってしまった」が×

3は「何か話さなくてはならないと焦ってしまった」が×

4は「その皮肉に言葉が出なくなった」が×

5は「話題をうまくやり過ごす返答の仕方が見つからなかった」が×

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問3「とにかく、この軽い小さい本のことだけでも、自分でわかるようになりたいと思った」千春の心情の説明

 

58行目「おもしろいかつまらないかをなんとか自分でわかるようになりたいと思った」

59行目「何にもおもしろいと思えなくて高校をやめたことの埋め合わせ」が根拠です。

5の選択肢が二つの根拠を満たします。ただ、「何かが変わるというかすかな期待をもって」の部分は、本文に根拠がありません。46行目「サキの本のことがどうしても気になって」本をわざわざ買いに行くという行動を取っていることから、本を読むことに「かすかな期待」があったと考えられます。常識的に考えて、あり得ることだと判断できます。したがって5が正解。

 

1は「すぐに見つかるほど有名だとわかり」が×

2は「その本をきっかけにして女の人とさらに親しくなりたいと思った」が×

3は「苦労しながらはじめて購入した本」「内容をそれなりに理解できるようになりたいと思った」が×

4は「女の人から教えてもらいたかったのに」「そのおもしろさだけでもわかりたいと思った」が×

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4「本は、千春が予想していたようなおもしろさやつまらなさを感じさせるものではない、ということを千春は発見した」千春は読書についてどのように思ったか説明

 

76行目「牛専門の画家というのがそもそもいるのか~ありえないと思ったが、千春は、自分の家の庭に牛がいて~ちょっと愉快な気持ちになった」

79行目「ただ、様子を想像していたいと思い、続けて読んでいたいと思った」

これが根拠です。

 

5の選択肢が根拠と合致します。「いかにも突飛なもの」「それを自分のこととして空想」「自ら想像をふくらませてそれと関わること」の箇所が合致するので、これが正解。

1は「画家の姿勢には勇気づけられた」が×

2は「苦労して読み通すその過程によって生み出される」が×

3は「事実を知ることができた」「世の中にはまだ知らないことが多いと気づくことにある」が×

4は「おもしろいとは思わなかった」「それを読むに至る経緯や状況によって左右される」が×

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5「すっとする、よい香りがした」ブンタンの描写と千春の気持ちや行動との関係の説明

 

82行目「ブンタンをもらったその日も、家に帰ってからどれか読めそうな話を読むつもりだった」

85行目「お茶を淹れて本を読みたいという気持ち」

この二つが千春の心情の根拠です。

5はブンタンが千春と女の人の姿を結びつけ、その香りが「本を読む楽しさを発見した清新な喜び」につながると解釈しています。無理のない常識の範囲内なので、これが正解。

1はブンタンは「千春が一人前の社会人として認められたこと」を示すというのが×

2はブンタンは女の人への「千春の憧れの強さを表している」が×

3はブンタンを「本を読むときに自分のそばに置きたいと思った」が×「自分にしか関心のなかった千春がその場しのぎの態度を改めて周囲との関係を作っていこう」も×

4は「交流のなかった喫茶店のスタッフに」が×

 

ブンタンの香りは「すっとする」「良い香り」なので、前向きなもの、明るいもの、良いものを連想します。それを踏まえて、根拠は少ないですが、ある程度、常識的に推測して答えましょう。

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6「女の人」について、(1)どのように描かれているか、(2)千春にとってどういう存在として描かれているか、グループで話し合います。

お約束の問題形式ですね。

1)「うれしそうに笑っている」「笑顔で応じている」「自分の事情をざっくばらんに話して」

   「職場で配るために持って帰るのも重いとわざわざ付け加え」「もしよろしければ」

これらから、気さくかつ気遣いが認められるので、2が正解

 1は「自分の心の内は包み隠す」が×

 3は「内心がすぐ顔に出てしまう」が×

 4は「どこかに緊張感を漂わせている」が×

 5は「自分の思いもさらけ出す」が×

 

2)「女の人の言葉をなんだか変な表現~千春の心に変化」「文庫本もきっかけ」「女の人から~千春の心は揺り動かされている」「わかるようになりたい」

  これらを踏まえて選択肢を見ると、

 「他の人や物事に自ら働きかけることのなかったこれまでの自分」という4が正解

 1は「目をそらしてきた悩みに」が×

 2は「後悔するばかりだった」が×

 3は仕事に意義や楽しさを積極的に見出して」が×

 5は「自分に欠けていた他人への配慮」が× 

 やや話し合いの中の根拠が希薄ですが、これも常識的に推測して考えましょう。

 

まとめ

 

高校を中退して喫茶店で働く女性の心情の変化がテーマなので、受験生にとっては感情が推測しやすい、わかりやすい題材だったでしょう。

設問は、本文中の根拠の部分が、傍線部の直近にあるケースがほとんどで、簡単でした。もう少し全体から考えさせてもいいのではないかと思いました。

 

主人公の微細な心の動きをくみ取る力が求められています。

本文は良い小説だと思います。しかし、設問内容は繊細すぎませんか?

 

1日程の小説問題「羽織と時計」と比較すると、こちらの「サキの忘れ物」が易しいです。

従来のセンター試験では、追試験の方が難しいというのが定評でした。私自身もセンター試験の過去問を解いてみて、追試験の方が難しいと感じてきました。

推測ですが、第二日程ありと公表されたのが、昨年(2020年)6月です。その頃からあわてて作問したのであれば、難易度に差が出たことも理解はできます。

いや、もっと前から準備していた問題だというのであれば、休校で勉強の遅れが出た受験生や、コロナで第1日程が受けられなかった受験生に易しめの問題を充てるという配慮(?)なのかなと勘ぐってしまいます。

 

参考に

こんなサイト記事を見つけました。

好書好日インタビュー津村記久子さん「サキの忘れ物」インタビュー 選ばれるより、自ら選ぶ人生 2020.7.21

https://book.asahi.com/article/13553134 

 

 

「運命の出会い」がなくたって、「選ばれた存在」でなくたっていい――。作家、津村記久子さん(42)の新刊『サキの忘れ物』(新潮社)は、読めばそんな励ましが聞こえてきそうな短編集。

表題作は、誰かに選ばれるのではなく、自分の人生を自ら選ぼうと、小さな一歩を踏み出す女性を見つめた物語だ。

 

 

「自分の人生を自ら選ぼうと、小さな一歩を踏み出す女性」これを読んでいたら、設問もばっちり解けたでしょうね。一読をお勧めします。

この記事を見て作問したのでは、と思ってしまいました。

これはアウト!共通テスト国語 第3問古文「栄花物語」が早稲田大学の過去問と酷似していました

大学入学共通テスト 第3問 古文「栄花物語」を解いてみたら、なんと早稲田大学人間科学部で出題された問題(2012年度)と酷似していました。驚愕の内容を報告します。

 

共通テスト国語第3問はこちら

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早稲田大の問題がこちら

(旺文社 全国大学入試問題正解 国語 私立大編 2013年受験用)

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問題文の(中略)以降が共通テストの問題文と重なっています。赤の矢印を参照(早稲田の最後の二行は削除されている)

見づらいので、大きな画像を載せておきます

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しかも、設問部分が重なっている問題がありました。

早稲田大の問十五の傍線部分「よろしきほどは『今みづから』とばかり書かせたまふ」

(黄色の矢印)

 

これは
共通テストの問2「『今みづから』とばかり書かせたまふ」

とかぶっています。


完全にオリジナル問題をつくる場合、普通はこんなに問題の場面、設問部分まで一致することはありません。

あまたある古典の中から、しかも問いまで同じ箇所である確率は、仏教説話の「一眼の亀」レベルです。



これはアウトですね。

 

大学入試問題、しかもセンター試験廃止後の共通テストで、よく知られた大学の入試問題を使うなんて、ありえないことです。

 

早稲田を志望している受験生は過去問をさかのぼって勉強しているので、中にはこの早稲田の問題を解いた人もいたでしょう。

 

一度勉強した古文が出れば、はっきり言って楽勝です。

喜んだ人もいたでしょうね。


一方で、全国で五十万人もの受験生が受ける入試です。公平性の点から問題はないでしょうか。

私はおおありだと考えます。

 

問題作成委員の先生は、早稲田大のこの問題を見たうえで、共通テストの問題を作成していませんか?

それなら大問題になりますよ。

 

「下衆の勘繰り」はこれくらいにして、

大学入学共通テスト分科会委員の先生方には、今後、こういう疑念が生じない、良問の作成を要望します。

 

ただでさえ、今年の受験生は、国語と数学の記述問題の導入と中止、英語外部試験の導入と延期、コロナによる突然の休校、共通テストの試験日程の変更などで、大概迷惑を被ってきています。

 

これだけ大変な変更が重なった学年は、今までありませんでした。

 

みんな大変な思いをしてきたのです。

せめて共通テストぐらいは公平な問題にしてあげてほしかった。

残念でなりません。

大学入学共通テスト 国語 第2問 小説 「羽織と時計」加能作次郎を高校教師が解いてみた

大学入学共通テスト 国語第2問 小説 「羽織と時計」加能作次郎

 

問題へのリンクはこちら(毎日新聞)

https://mainichi.jp/exam/kyotsu-2021/q/?sub=NTL 

 

この小説が発表された1918年は大正7年。第1次世界大戦の終了年です(大戦の開始は1914年)。今から100年前に書かれた小説です。

なんともマイナーな出典ですね。この作者のことは、初めて知りました。

 

さて、小説問題のねらいは、登場人物の心情とその変化を読み解くことです。

心情は直接書かれていることは少なく、行動やセリフで推し量る必要があります。

 

では問題を解いていきましょう

 

小説問題を解くときは、特に前書きが重要です。

時代背景や登場人物の説明、あらすじなどが書かれているためです。

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私の同僚のW君は、妻子、従妹と同居し、生活は苦しい。病気で休職したとき、私が同僚から見舞金を集め贈ったことがある。

 

本文はそれに続く場面とあるので、W君が休職から復帰した時から始まります。

本文を内容からいくつかの場面に分けて、それぞれタイトルをつけておきます。

 

初め~12行目 羽織を作ることになったいきさつ

13行目~28行目 羽織を誉める妻の反応

29行目~44行目 退社の記念品の時計

46行目~73行目 W君を見舞いに行けない心情(W君の妻君を恐れる)

74行目~終わり 妻をW君のパン屋に買いに行かせる

 

この小説は「私」の自意識が中心に描かれています。

W君から受けた恩恵を自意識が邪魔して見舞いに行けないのです。

私の独りよがりの妄想でW君の見舞いができず、それにこだわり続ける心情が描かれています。

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問1 語句の意味を問う問題です。

辞書的な意味を知っていれば簡単ですが、知らない場合は文脈(話の流れ)で考えましょう。

ア 術もなかった 「術」は手段、方法のことなので、「手立てもなかった」が正解です。文脈を見ると、「W君は独りで首肯いて」とあるので、私が辞退できない早い展開で話を決めてしまったことがわかります。

 

イ 言いはぐれて 「つい」とあるので、なんとなく、「今だに妻に打ち明けてない」のです。タイミングを失してということです。

 

ウ 足が遠くなった 「自然と遠ざかって了った」「一層」とあるので、W君の見舞いに行くことを指していることがわかります。

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問2「擽られるような思」とはどのような気持ちか。

 

「今でもそれが私の持物の中で最も貴重なものの一つ」「ほんとにいい羽織ですこと、あなたのような貧乏人が、こんな羽織をもって居なさるのが不思議な位」「妻が私が結婚の折に特に拵えたものと信じて居るのだ」「よくそれでも羽織だけ飛び離れていいものをお拵えになりましたわね」

このように妻から羽織を誉められながらも、W君からもらったと言いそびれているので、うれしい反面、後ろめたい気持ちでいるということがわかります。正解は、3

1は「笑い出したいような」が×

2は「不安になっている」が×

4は「羽織だけほめることを物足りなく思う」が×

5は「自分を侮っている妻への不満」が×

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問3 「何だかやましいような気恥ずかしいような、訳のわからぬ一種の重苦しい感情」とはどういうことか。

 

W君を非難、邪推する社内の声に対し、私は「非常に不快を感じた」「W君に対して気の毒でならなかった」「W君の厚い情誼を思いやると、私は涙ぐましいほど感謝の念に打たれるのであった」

「それと同時に」「常に或る重い圧迫を感ぜざるを得なかった」「私の身についたものの中で最も高価なものが、二つともW君から贈られたものだ」

「感謝の念と共に」→「やましいような気恥ずかしいような」「一種の重苦しい感情」を起こすとあるので、「感謝」しつつ「重い圧迫」を感じていることがわかります。正解は1

 

2は「実はさしたる必要を感じていなかった」「評判を落としたことを、申し訳なくももったいなくも感じている」が×

3は「高価な品々をやすやすと手に入れてしまった」が×

4は「情けなく感じており、W君の厚意にも自分へ向けられた哀れみを感じ取っている」が×

5は「見返りを期待する底意も察知」が×

 

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問4 「私はW君よりも、彼の妻君の目を恐れた」とあるが「妻君の目」を気にするのはなぜか。

 

「病気が再発して、遂に社を辞し」「自分は寝たきりで」「交友の範囲もおのずから違って行き、仕事も忙しかったので、一度見舞旁々訪わねばならぬと思いながら、自然と遠ざかって了った」

『〇〇さんて方は随分薄情な方ね、あれきり一度も来なさらない。こうして貴郎が病気で寝て居らっしゃるのを知らないなんでしょうか、見舞に一度も来て下さらない』「私を責めて居そうである」

この二点から、正解は1

2は「転職後にさほど家計も潤わずW君を経済的に助けられないことを考えると」が×

3は「妻君に偽善的な態度を指摘されるのではないかという怖さ」が×

4は「妻君の前では卑屈にへりくだらねばならないことを疎ましくも感じている」が×

5は「自分だけが幸せになっているのにW君を訪れなかったことを反省すればするほど」が×

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問5 「私は少し遠廻りして、W君の家の前を通り、原っぱで子供に食べさせるのだからと妻に命じて、態と其の店に餡パンを買わせた」とある「私」の行動の説明として適当なものを選ぶ。

 

「私は何か偶然の機会で妻君なり従妹なりと、途中ででも遇わんことを願った」

「実はその折陰ながら家の様子を窺い、うまく行けば、全く偶然の様に、妻君なり従妹なりに遇おうという微かな期待をもって居た為であった」

この二点から正解は5

1は「かつてのような質素な生活を演出しようと作為的な振る舞いに及んでいる」が×

2は「逆にその悩みを悟られまいとして妻にまで虚勢を張るためになっている」が×

3は家族を犠牲にしてまで自分を厚遇してくれたW君に酬いるためのふさわしい方法がわからず」が×

4は「W君の家族との間柄がこじれてしまったことが気がかりでならず」が×

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問6 「資料」 発表当時の新聞に掲載された批評(宮島新三郎)を踏まえて問いに答えます。

 

)「羽織と時計とに執し過ぎたことは、この作品をユーモラスなものにする助けとはなったが、作品の効果を増す力にはなって居ない」

直前の長い一文に注目。「若し此作品から小話臭味を取去ったら、即ち羽織と時計とに作者が関心し過ぎなかったら、そして飽くまでも『私』の見たW君の生活、W君の病気、それに伴う陰鬱な、悲惨な境遇を如実に描いたなら、一層感銘の深い作品になったろうと思われる」とあります。

5では「羽織と時計とに執し過ぎたことは」=「挿話の巧みなまとまりにこだわったため」、「作品の効果を増す力にはなって居ない」=「W君の生活や境遇の描き方が断片的なものになっている」と言い換えられています。これが正解

1は「W君の描き方に予期せぬぶれが生じている」が×

2は「実際の出来事を忠実に再現しようと意識しすぎた」が×

3は「W君の一面だけを取り上げ美化している」が×

 

)「羽織と時計-」の繰り返しに注目し、評者とは異なる見解を提示した内容として最も適当なものを選ぶ。

 

評者は、「見た儘、有りの儘を克明に描写する」点に作者の「大きな強みがある」と考えています。いわば「自然主義」の「私小説」的な特徴を評価しています。

私小説とは、「人生の暗黒、醜悪な面のことさらな強調」という特徴があります。

評者はこの視点から批評しています。これとは異なる見解を提示した選択肢を考えるには、消去法で見て行きましょう。

1は「かつてのようにはW君を信頼できなくなっていく『私』の動揺」が×

2は「複雑な人間関係に耐えられず生活の破綻を招いてしまったW君のつたなさ」が×

3は「好意をもって接していた『私』に必死で応えようとするW君の思いの純粋さを想起させること」が×

4は「W君の厚意が皮肉にも自分をかえって遠ざけることになった」、「『私』が切ない心中を吐露している」がどちらも読み取れる内容なのでこれが正解。

 

感想

・資料として当時の文芸批評を引用している点が目新しい。複数資料を読解するという条件には適っている。

・100年前の小説で、題材も地味なもので、読み手(受験生)にはおもしろい小説ではなかったのではないか。(感情移入しにくい内容)

・しかし、考えようでは、

「私」の考えの基準は、自分が他人からどう見られるか(思われるか)が重要となっている。そういった他人の思惑を無視して、友人W君を見舞に行けば喜んだだろうに、それを優先できないところが「私」の「自意識過剰」であり、現代人の心情に近いともいえる。

・「わかるわ、この気持ち」と思った人は、満点を取れるかもしれません。

 

大学入学共通テスト 国語 第1問評論「江戸の妖怪革命」を解いてみた 解き方と感想も書きました

2021年度 大学入学共通テスト 国語 第1問 評論

出典『江戸の妖怪革命』香川雅信

 

問題へのリンクです。(毎日新聞)

https://mainichi.jp/exam/kyotsu-2021/q/?sub=NTL

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第1問の段落の要旨をまとめました。

 

1フィクション、娯楽の対象としての妖怪が生まれた背景は

2フィクションの世界に属する存在としては近世中期から

3妖怪は日常的理解を超えた不可思議な現象に意味を与えるもの

日常的な因果了解で説明できない現象ー不安と恐怖を喚起

なんとか意味体系の中に回収するため生み出された文化的装置が妖怪

4リアリティを帯びた存在ーフィクションとしての妖怪は生まれない

5妖怪に対する認識の変容とその歴史的背景は

6フーコーの「アルケオロジー」を援用する

7知の枠組みの変容ー一つの枠組み(エピステーメー)を通して事物の秩序を見る

         |

    時代とともに変容する

8フーコーのエピステーメーの変貌ー物、言葉、記号、人間ー関係性による

9(10)アルケオロジーの方法で日本の妖怪観の変容を見る

11中世ー妖怪は凶兆ー神秘的存在からの警告(言葉)、一種の記号

12近世ー物そのものとしてあらわれる

     博物学的な思考、嗜好の対象に

13記号ー人間が作り出せるものに

神霊の支配から人間のコントロール下に

記号=表象

14表象ー名前、視覚的形象による弁別=キャラクター

リアリティの喪失、フィクショナルな存在、人間の娯楽の題材へ

15近代ーリアリティのなかに回帰する

16人間の絶対性に懐疑

人間ー容易に妖怪を見てしまう不安定な存在、コントロール不可能な内面を抱えた存在

妖怪ーフィクショナルな存在から人間の内部に棲みつく

17私という思想ー謎めいた内面を抱え込む

           |

         私は不気味なもの、未知なる可能性を秘めた神秘的な存在

  妖怪は私を投影した存在

18以上がアルケオロジー的方法による妖怪観の変容 

 

設問を解説します。

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問1 漢字問題

(ア)ミンゾクー民俗 「民族」ではないので注意。ただし他の選択肢に「族」を使う字はない

(イ)カンキー喚起 選択肢4「交換」の「換」と間違えないこと

(ウ)エンヨウー援用 この語を知らないとできないかも。学問するには必須の語。「先行の論文を援用する」

(エ)(オ)は簡単でしょう

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問2 傍線部Aの後に「そうした存在だった」と続く。傍線部の前の部分、3段落の内容で考える。

1 「理解を超えた不可思議な現象に意味を与え」、「日常世界のなかに導き入れる」=「意味の体系のなかに回収する」の言い換えなので、これが正解。

2 「フィクションの領域においてとらえなおす」が× 

3「目の前の出来事から予測される未来への不安」が×

4「リアリティを改めて人間に気づかせる」が×

5「危機を人間の心に生み出す」が× 紛らわしいが、危機を生み出す現象を妖怪とした

 

・3段落の読み取りができていれば、簡単です。

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問3 フーコーのアルケオロジーを援用するので、その説明をしている部分です。ある意味「複数資料」的な設問です。

関連する7、8、9段落のうち、7段を吟味しましょう。

1「考古学の方法に倣い」が×

2 7段落「事物のあいだに何らかの関係性をうち立てるある一つの枠組みを通して、はじめて事物の秩序を認識することができる」とある。この部分のまとめが選択肢の前半。「この枠組みがエピステーメーであり、しかもこれは時代とともに変容する」のまとめが選択肢後半。したがってこれが正解。

3 「要素ごとに分類して整理し直す」が×

4 「同じ認識の平面上でとらえる」が×

5 「大きな世界史的変動として描き出す」が×

・選択肢は言い換えではなく、まとめになっているので簡単です。

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問4 妖怪の「表象」化について、12、13、14段落を読みましょう。

神霊から人間のつくるものへー「記号」から「表象」へー「物」そのものとしてあらわれるーキャラクター化―架空の存在、娯楽に 

この流れをつかむ。

1「人間が人間を戒めるための道具になった」が×

2「神霊の働きを告げる記号」から「人間が約束事のなかで作り出す記号」になり=13段落、「架空の存在として楽しむ対象」=フィクショナルな存在として人間の娯楽の題材へ とあるので、これが正解

3 「人間世界に実在するかのように」が× 「リアリティを喪失」とある

4 「あらゆる局面や物に及ぶきっかけ」が× 「帰結である」とある

5 「人間の性質を戯画的に形象した娯楽の題材」が× 本文になし。

・段落要旨をしっかりつかんでいれば難しくない。

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問5 これは新傾向の設問です。「ノートを作る」というアイデアは予想問題集などにもない形でしょう。作問の工夫がうかがえます。

)()は段落要旨を参考にして解きましょう。

同じ内容の選択肢は印をつけておく。2段落「歴史性を帯びたもの」、5段落「認識がどのように変容したのか。そしてそれは、いかなる歴史的背景から生じたのか」とあるので、4が正解。

・文章構成を考えさせる問い。段落要旨をつかんでいれば簡単です。

 近世は12、13、14段落を見る。14段落「視覚的形象によって弁別される」「キャラクターであった」とあるので3が正解。1「恐怖を感じさせる」が×。2「神霊からの言葉を伝える記号」が×。4「人を化かす」が×

  近代は15、16、17段落を見る。16段落「内面というコントロール不可能な部分を抱えた存在」とあるので、正解は4。1「合理的な思考をする」が×。2「自立した」が×。3「万物の霊長」が×

・これも選択肢が短く単純なので簡単です。 

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は小説「歯車」芥川龍之介の引用と考察です。複数の資料問題の新たなバリエーションです。

17段落の内容―「私」は私にとって「不気味なもの」、「未知なる可能性を秘めた神秘的な存在」

ノート3の内容―「仕合わせにも僕自身に見えたことはなかった」、「死はあるいは僕よりも第二の僕に来るのかもしれなかった」、「ドッベルゲンガーを見たものは死ぬ」

1「別の僕の行動によって自分が周囲から承認されているのだ」が×

2「ひとまず安心」、「もう一人の自分に死が訪れるのではないか」、「自分自身を統御できない不安定な存在であること」いずれも○。したがってこれが正解。

3「会いたいと思っていた人の前に別の僕が姿を現していた」が×

4「自分が分身に乗っ取られるかもしれないという不安」が×

5「他人にうわさされることに困惑していた」が×

・段落と引用の要旨を踏まえて、選択肢のあら探しをする。簡単です。

 

 

第1問の感想

・複数資料と言われていたため、グラフや図表の多用を想定していた人は、肩すかしを食らったかもしれません。

 

・試行テストで不評だった「契約書」「生徒同士の話し合い」が出題されませんでした。その分、最近のセンター試験の傾向を延長したような印象を受けました。

 

・対策としては、段落要旨をまとめる練習をする、新書レベルで幅広く読書をするなどがおすすめです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再起動のトラブルを解決できました 原因はソフトでした Karabiner-Elementsを削除でOK  還暦からのMac mini

還暦でMacを初めて購入しました。Mac miniです。

 

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 ところが、システム終了のたびに、再起動が起こる現象が続きました。

原因がわからず、エラーメッセージが出るたび、間違ったことをやっている不安に駆られてしまいます。

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しばらく続くとストレスになってしまい、Macを使うことがつらくなり始めてしまいました。

 

サポートのホームページを見たり、同じような再起動のケースを調べたりするうちに、ソフトを削除するのが一番簡単だと思うようになりました。

 

思い当たるソフトは、キーボードの配列をMac用に変換するソフト、Karabiner-Elementsです。

 

私は手持ちのキーボードを使い回しするためにこのソフトを入れました。

 

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思い切って削除すると、システム終了後に再起動が起こらなくなりました。

エラーメッセージも出なくなり、モヤモヤした心が一気に晴れました。

Macを使うのが楽しくなってきました。

がんがん文章を書いていきます。

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もし同じような症状に悩んでいる方は、参考にしてください。

 

「令和3年度大学入学者選抜に係る大学入学共通テスト 受験上の注意」を読んで、コロナ対策の要点をまとめてみました。

令和3年度大学入学者選抜に係る大学入学共通テスト
受験上の注意

公表されているので、以下、コロナ関連で気になる点、重要だと思われる点を考察していきます。

引用等は一部なので、必ず「受験上の注意」の全文を読んでご確認ください。

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p1の特に気をつけなければならない注意事項6項目あるうち、

(4)試験場内では、常にマスクを正しく着用し、手指消毒や三つの密の回避などを行うとともに、休憩時間や昼食時等は他の受験者との会話、交流、接触を極力避けてください。

これについて、

ポイント

「常にマスクを正しく着用し」


マスクを外してしまったり、アゴに引き下げていたりしてはいけません。「常に」「正しく」着用することを求められています。
つい授業中、外してしまう人は要注意。


2 「他の受験者との会話、交流、接触を極力避けてください。」


これは厳しい指示です。これまでのセンター試験では、休憩時間や昼食時に、友人や同級生、同じ学校の生徒と交流し、雑談して息抜きをしていました。それがほぼ、できないのです。

ただでさえ緊張を強いられる大学入試です。メンタル面で大丈夫なのか、心配になります。

 

いわゆる「ぼっち」で入試に立ち向かわないといけないのです。

今年の受験生のみなさんは、「ぼっち」対策を考えておきましょう。

 

もし私が受験生だったら、お気に入りの音楽を聴くか、おやつを食べるか、教室の外を歩くかして気を紛らわします。

 

p3 新型コロナウイルス感染症感染予防対策(引用は一部のみ。要旨)

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(1)試験前
① 「各自の判断において予防接種を受けることを検討してください」


インフルエンザの予防接種をできるだけ受けなさいという指示です。

しかし、12月中旬の現在、インフルエンザの予防接種が受けられる地域がどれだけ残っているでしょうか。

私は、11月中旬に、かかりつけの医院に尋ねると、在庫なし、2週間後に問い合わせてくれと言われました。12月上旬に電話すると、もう今期は入荷しないと言われ、接種できませんでした。

受験生のみなさんはどうでしょうか?国の計画でワクチンの生産量が決まっているらしいので、今更増やせないのでしょう。現実的には厳しい推奨です。


「健康観察記録を活用して体調の変化の有無を確認してください」
「健康観察記録」は体温や、症状を記録できる表です。

保育所の手帳のようなものですね。受験生に毎日、モニタリングせよということです。その余裕があるでしょうか。少し心配です。


「試験日の2週間程度前から発熱・咳等の症状がある場合」「あらかじめ医療機関を受診し、適切な治療を受けてください」


2週間前は1月2日、正月です。

特に年明けから体調に注意せよとのことですね。


「新型コロナウイルス等の感染症に罹患し、試験日に入院中又は自宅や宿泊施設において療養中の者」は「受験できません」「追試験の受験を申請してください」


コロナを罹患していると、当日の受験はできず、追試験を申請しなければなりません。


発熱や咳があり体調が万全でない場合も、追試験の申請をすすめています。


保健所から濃厚接触者として健康観察や外出自粛を要請されている者は、無症状であれば、以下の4要件をすべて満たしている場合、受験が認められます。
ア PCR検査の結果が陰性(自治体のPCRのみ)
イ 受験当日も無症状
ウ 公共交通機関を利用せず、密を避けて試験場に行く
エ 終日、別室で受験する

 

特にウは、家族の誰かに車で送ってもらえということです。

ハードル高めです。


「新型コロナウイルス接触確認アプリCOCOAを活用することが望ましい」


COCOAについて調べてみましたが、詳しいことはわかりませんでした。

ちなみにわたしの職場(高校)では、これまでにCOCOAを利用せよという指導は行っておりません。


(2)試験当日


体調不良時の対応


ア 「健康状態チェックリスト」の確認項目のうち、A欄で1項目以上又はB欄で2項目以上該当する場合、受験できません。追試験の受験を申請してください。


ウ 試験場に到着してから発熱・咳等の症状が出た場合、監督者や試験場の担当者に申し出て、指示に従ってください。


エ 明らかに激しい咳を何度もしているなど、他の受験者に影響があると監督者が判断した場合、受験を中断して休養室等に移動し、症状の確認後、追試験の受験を申請してもらうことがあります。

普段から咳が出やすい人は、対策を考えておきましょう。

例年以上に気を遣いそうです。

 

試験場への入場


ア (混雑対策)問い合わせ大学のホームページを確認してください

 

東海大学のホームページには、詳細な情報が掲載されていました(12/18現在)


イ 許可のない保護者等の入場はできません。

心配で付き添いを考えている保護者の皆さん、学校や塾、予備校の関係者の皆さん、今回の入試は応援に行けない、いや、行かない方が良いようです。

私もかつては、毎年、センター試験の会場前で、自分の高校の生徒を見送っていましたが、共通テストはそれをしないでということです。


マスク着用


ア 「マスク(予備のマスクを含む)を持参し、試験場内では常にマスクを正しく着用してください。」


「感覚過敏等によりマスクの着用が困難な場合は、「医師の診断書」を提出して受験上の配慮申請を行い、別室での受験を申請する必要があります。」


「受験上の配慮申請」は、高校から提出するため、該当する人はすぐに担任や進路指導の先生に相談しましょう。


手指消毒の実施
ア 入退室を行うごとに手指消毒を行ってください。
イ 速乾性アルコール製剤等を使用することが難しい場合、受験者自身でこれに代わるものを準備し、手指消毒を行うようにしてください。


休憩時間
ア 「休憩時間等は、他者との会話、交流、接触を極力控えるとともに、試験室内では自席以外に座らないでください。」


イ (トイレ使用)手洗い後に使用するハンカチ、ハンドタオル等は各自持参してください。


昼食
ア 昼食は、試験場の食堂棟が開放されていないため、各自持参の上、自席で食事をとってください。


イ 「昼食時はマスクを着用していないことから、他者との会話、交流、接触は特に控えてください。また、食事を取り終えた後は、速やかにマスクを着用してください。」


服装
「換気のため窓の開放等を行う時間帯があるため、上着などを持参してください。」

 

毎年よく相談されるのが、当日は制服か私服のどちらがいいかという事です。

自分が一番リラックスできる服装で、脱ぎ着しやすいものを着ていけばいいとアドバイスしています。

制服で行く人は、コートなどの上着を着ていきましょう。


試験室からの退室
(混雑を避けるため)監督者から退室方法等について指示がありますので、その指示に従って退室してください。


(3)試験終了後


①帰宅の際は「三つの密」の回避など感染しないような行動をするとともに、帰宅後は手洗い等の感染予防対策を十分に行ってください。


「試験終了後2週間以内に新型コロナウイルス感染症に罹患したことが判明した場合は、受験票に記載されている「問い合わせ大学」に連絡してください。」

 

 

かなり細かいことまで指示がされています。これらを全部読んだ上で、理解し、実践しなさいと求めています。

 

追い込みの勉強に追われている受験生の皆さんに、少しでも参考になればと思い、気になる要点をまとめてみました。

学校から配られる「受験上の注意」を必ず読んで確認しておいてください。

 

周辺機器は使い回しでOK 60からのMac 還暦の手習シリーズ3 

Mac mini本体のみを購入したため、初期設定にとまどいましたが、順調に使えています。(あたりまえか)

 

今回は周辺機器をどうしているかについてです。

 

キーボードはFILCO Majestouch Convertible2をbluetooth接続で使っています。

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Windows note PC用に購入していたものです。

キーを押すと、カチカチと音がして、いやでも執筆気分が上がるという、お気に入りのキーボードです。

欠点は、Macで使うときはキーの配列が違うので、機能がわからないこと。

そこで、Karabiner-Elementsというソフトを入れて、特定のキーをマック用に設定します。

これがうまくいかなくて、難儀しました。

今、この文章を打っている時に、ようやくうまく作動しました。

 

スペースキーの右「変換」キーを押すと、ローマ字入力になり、左の「無変換」キーを押すと、英字入力になりました。ああスッキリした。

これで執筆がはかどります。

 

もう一台、logicool K380というキーボードもBluetooth接続ですぐ使えるようになりました。

小型、軽量、格安のキーボードで、これもWindows PC用の使い回しです。

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マウスは、これもWindows用に使っていた、ELECOM M-IR07DR

格安で使いやすいワイヤレスマウスです。Macでも難なく使えます。

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ディスプレイは、EVICIV 15.6型モバイルディスプレイ フルHDで、在宅勤務用に購入していたものです。

Type-cケーブルが付属していたので、それでMacと繋ぐことができました。

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Mac miniの購入に踏み切ったのは、周辺機器を活用できるだろうと見込んでいたためです。

これらがなかったなら、純正品を揃える費用が嵩むので、購入できなかったでしょう。

周辺機器は、実質0円です。

使い回しですが、楽しくMacを使えています。

60からのMac 還暦の手習シリーズ2 iTunesがない!衝撃の洗礼

 

購入したのは、Mac mini本体のみで、純正のマウス、キーボードを購入しなかったので、初期設定をする段階で、文字入力する方法がないことに直面しました。

しばらく途方に暮れて画面を見つめます。

 

これは、子供にUSB接続のキーボードを借りて、なんとか設定することができました。

 

次に、電源の入れ方、システムの終了の仕方を理解しました。

 

Macを使いこなすために、「Mac Fan Specialはじめてのマック 2020」という雑誌を購入しました。

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Wifiの設定も難なく終了。プリンタも意外と簡単に登録できました。

 

Egword Universal 2というワープロソフトも一本入れました。

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これは小説を書くのに良いとのおすすめ記事を参考にしました。

いい小説が書けそうな気がします。

 

 

さすが初心者でも使いやすいと思っていましたが、iPhoneの音楽をMacに入れることはできないかと考えて、iTunesを探しても入っていないのです。

 

アップルのホームページからiTunesをダウンロードしてインストールしようとすると、古いOSが必要で、ダメと言われました。どういうことかわからず、再び途方に暮れてしまいます。

とりあえず、雑誌に書いてあった、「ミュージック」を使って同期すると、iPhone内の曲がほとんど消えてしまい、iTune storeで購入した曲しか残っていなかったのです。

 

しばし茫然とする時間。

 

そら「apple music」があるから、それを使って欲しいというのはわかります。

でも私は、若い頃から集めたソウルやブルース、ファンクのレアな音源を入れて聴きたいのです。

サブスクでも聴けるかもしれませんが、今までの文化的遺産を活用したいのです。自分のやりたい方法で。

私の、このこだわりがアカンのかもしれません。あたらしい世界に順応するためには。

 

結局、WindowsPCの iTunesに戻って同期して曲を復活させました。

 

私にとってはWindowsPCの iTunesは大変使いにくいソフトだったのですが、Macに入っていないなら、当分はWindowsに頼らなければなりません。

ちょっと複雑な心境です。

 

些細なことですが、初めてMacを導入される方はご注意ください。

 

はじめてのマック 2020 Macを買ったら最初に身につける操作・設定・活用の教科書 (Mac Fan Special)

 

60からのMac 還暦の手習シリーズ1

初めてMacを買いました。といってもMac miniです。

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30年近くパソコンを使っていますが、ほとんど仕事でWindowsパソコンを使ってきました。

 

還暦でMacに触手が動いたのは、安かったのと、長年の憧れがあったことが理由です。

 

Mac miniが7万円少々で買えるのが大きかったです。ネットで紹介記事を読んで即、注文してしまいました。

 

リモートワークが再び必要になれば、今使っている格安のWindows note pcでは、心許ないことも理由の一つです。後付けですが。

 

iPhoneを3Gの時代から使っていたので、Appleとスティーブ・ジョブズへの憧れが強くありました。

ジョブズがボブ・ディランの熱心なファンであったこと、まるでロックスターのような波乱に満ちた人生を送ったこと、既存のものに対抗する文化を作り出すこと。カッコよくて、ぜひ見習いたいと思っていました。

ちなみにボブ・ディランは世界一かっこいいジジイと呼ばれています。

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それはさておき、下調べも全くやらずに、パートナーにも内緒でうちにやって来たMacとの苦闘とそれを乗り越えた快楽とを綴っていきたいと思います。大げさか。

 

コメディあるいは…

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中央芝生で

 

 中央芝生の縁で寝転んでいた常二は、時計台の上に広がる青空と雲の群れを眺めていた。

二回生に進級して、近づくゴールデンウィークをどんなアルバイトをしてしのごうかと思案をしているのである。

故郷の母が営む商売が不調で、毎月の仕送りが送れなくなったとの連絡を数日前、母からの電話で聞いたところである。

 

 もともと母子家庭で、裕福でない上に、一浪して受験した国立大学がまさかの不合格になり、今の私立大学にやっと滑り込めたのだ。

進学を諦めようとした常二を母が説得し、入学したものの、関西の大学の中では、学生が派手に遊ぶと評判の学校だったため、常二は大学にあまりなじめずに通っていた。

 

 常二は音楽と文学が好きだった。入学して何人かの友人はできたが、遊び歩くこともせず、下宿や時計台の図書館に籠もって本を読むか、好きな音楽を聴くかの地味な生活を送っている。

 

六甲連山の方向に雲が流れてゆく。緑が強い山を背景にして時計台の白色が浮かび上がる。

心地よい風が顔を吹き抜ける。眠りに落ちそうになったとき、常二のすぐそばに二人の女子学生が腰を下ろした。

「ちょっと近すぎるのでは」いぶかしく思って、目を細めに開けて女二人連れを盗み見した。

長い髪の方は、色の薄いデニムに、長袖の白シャツ、紺色のトートバッグ。ショートの方は、黒のワイドパンツに胸元が大きく開いたロングTシャツ。二人ともしゃれて見えた。私学なので、付属の中高から上がってくる学生は裕福でおしゃれな学生が多かった。

見ていないふりで、こっそりと二人の女性を見ていると、何かのライブに行く相談をしているようだ。時折、常二の知っている神戸のライブハウスの名前が聞き取れた。

 

「美人だから彼とでも聞きに行くんだろうな」ぼんやり考えていると、長い髪の方が空けた飲み物が派手に吹き出して、常二の顔面に降りかかった。

「うわっ、ごめんなさい」あわててバッグからハンカチを取り出した女は、顔を押さえている常二の手を払って常二の顔面にハンカチを当てて拭きだした。

「いやっ、大丈夫です」と断ると、

「ごめんなさい、ほんと。こんなに飛び散るなんて」すまなそうに眉尻を下げて謝る。

こんなに無防備な女子の顔を見たことがないと思って、常二はあらためて女の顔を見た。

「いいですよ、服も濡れてないから」常二が言うと、

少し安心した様子で、「おどろいたでしょう」と上目で笑う。

つられて常二も笑ったが、少し引きつって見えたかも知れない。きれいな女をこっそり見ようという下心に、文字通り冷や水をかけられた格好である。

 

「文学部?」

「そう」

「何回生?」

「二回生」

「じゃあおんなじだ」ショートの女と顔を見合わせてほほえむ。

こんな美人と話せただけでも儲けものだと思いながら、立ち上がると、長い髪が、お詫びにこれどうぞと言って手を差し出したので、常二もつられて右手を出すと、アメが二個載せられていた。

「アメちゃん、大阪のおばちゃんやん」常二がつぶやくと、

「うちの気持ちやから、食べてね」と言った。

 

授業で再会

 

 常二は、珍しく一限の授業に間に合って、大講義室のいちばん後ろで入り口のそばの席に座り、ノートを開く。

 

美学概論の先生は、小説の一節を読み上げた。

「山崎は山城の国乙訓郡にあって水無瀬の宮跡は摂津の国三島郡にある。されば大阪の方からゆくと新京阪の大山崎でおりて逆に引きかえしてそのおみやのあとへつくまでのあいだにくにざかいをこすことになる。わたしはやまざきというところは省線の駅の附近をなにかのおりにぶらついたことがあるだけでこのさいごくかいどうを西へあるいてみるのは始めてなのである。」

「さあ、この小説の題名がわかる人はいますか?」と言って、数百名の学生たちに視線を向けた。誰も手を挙げなかった。

常二は以前に読んだ、谷崎潤一郎の「蘆刈」だとすぐに気づいたが、手を挙げない。

 

「省線というのは、」先生の話に身を乗り出したとき、後ろのドアが勢いよく開いて、一人の女子学生が入ってきた。常二の横が空いているのを目にすると、「すみません」といいながら下げた顔にかかる長い黒髪を掻き上げた。

二重のはっきりした目と白い歯で、中央芝生で出会った女だとすぐにわかった。

女は、常二が席を立って、跳ね上げ式の座面を立てるのを待っている。そうしないと奥の席に入れないのだ。

 

「あれ、あの時の」女は常二の顔を見て、大きく目を見開いた。

「アメちゃんくれたひとやね」常二が言うと、

「あの時はほんとうにごめんなさい」と申し訳なさそうに言う。

「ちゃんと食べてくれた」

「ああ、食べました」

「そう、ありがとう」と言って、常二の目を見つめる。

なんてかわいい人なんだと改めて常二は思いながら、やや緊張した。

 

常二の前をすり抜け、すぐ隣に鞄を置く。上等の革のバッグだ。黒のワンピースも長い黒髪と合っていて、大人びた感じを与える。

「これ取ってたの」と女が聞くので、

「出るのは今日が初めて」と常二は女にささやいた。

常二は前を向き、先生の話に注意を向けようとした。しかし、横に女が座っているのが気になって、話がさっぱり頭に入ってこない。

 

十分ほど、そんな状態が続いていると、女が自分のノートの端に「お名前教えて」と書いて常二に見せた。

なんでと内心思いながら、「賀集常二」(かしゅうつねじ)と名前をシャープペンで書くと、女も「阪上美彌」(さかうえみや)ときれいな字で書いて見せた。

 

講義が終わると、次の時間は空いてるかと聞く美彌に、出席が厳しい授業が入っていると答えると、「じゃあ、またね」と言って手を振って講義室から出て行った。

その後ろ姿を見送りながら、後ろ姿もきれいな人だなと思った。

 

 

アルバイト先で

 

 店長に頼んでアルバイトに雇ってもらい、手伝いを始めた常二は、週末の金、土曜日の二日間、元町のライブハウスで働いた。

接客にも慣れてきたが、仕事を終えるのが十一時過ぎになり、それから電車で四十分かけて下宿まで帰ると零時を回ることになる。帰宅すると、そのまま寝てしまうことが多かった。

金曜の夜は満席になり、注文をさばくだけでも忙しかった。

店長は厨房にいて、ベテランの男女の店員が一人ずついるのだが、常二と三人でも廻っていないくらいだった。

 

店のドアが開いて三人の若い女性客が入ってきた。

テーブルの片付けをしながら、いらっしゃいませと言ってその客を見ると、一人の女性客と目が合った。

 

「賀集君?」名前をすぐに呼ばれたので、

思わず、「はいっ」と返事を返した。

顔を見ると、大学の美術概論の授業で再会した女子学生だった。

「ここで働いてるの?」と笑顔で常二に近づいてくる。

後ろから連れの二人もついてきた。

「うん」と言って、「お久しぶりです」とあいさつした。

 

阪上美彌、たしかそう言っていたなと思い出したが、つい間違って、

「阪下さん」と言ってしまった。

「阪上でしょ、ひどい、間違えて」機嫌を損ねた顔で常二を見る。

「はいはい、よくあるお約束でしょ」連れの一人が笑いながら、割って入る。

「そう、ボケでしょ、美彌、そんなに怒らないの」もう一人もなだめる。

「ひどくない?」二人に同意を求める美彌に、先に口を開いた方の女が

「いいじゃない、美彌、こんな素敵な人、どこで知り合ったの?紹介しなさいよ」と言ってごまかしてくれた。

「文学部の賀集君。同じ二回生」美彌が言うと、

「社学の佐知です」「商学部の美和です」と二人は名のった。

「よろしくね」と笑顔で手を振る二人に、常二は精一杯の笑顔で答えた。

 

空いた席に三人を案内して、飲み物の注文を取り、カウンターに戻った。

この夜は、ジャズのグループが何組か出演することになっていた。飲み物を美彌の席に運んだとき、

美彌はその中の一グループに知り合いがいるので見に来たと説明した。

食事や追加の飲み物を運んでいくたびに、佐知や美和から、

「どこで知り合ったの?」とか「美彌のどこが好き?」とか、酔いに任せて話しかけてくる。冷やかされて困惑する。

美彌はそのたび、「ちょっと」と連れに注意したり、「ごめんね」と常二にわびたりした。

 

ライブも終わり、客の大半が店を出ても三人は残っていた。

「今夜はご来店ありがとうございました」と常二があいさつすると、

美彌は、「いつお店に入ってるの?」と聞いてきた。

「だいたい金曜と土曜の夜」常二が答えると、

美彌は「また来るわ」と言ったあと、「月曜の3限、空いてる?」と聞くので、「うん、空いてる」と答えると、「じゃあ、学食のカフェで待ってるわ、来てくれるでしょ」と言った。

「いいよ、月の3限ね」常二が答えると、「名前を間違えたお礼をさせてあげる」と言って「バイバイ」と手を振った。

常二はわざと「はいはい」とゆっくり言って、美彌を見送った。連れの二人は、そのやりとりを見て笑い声を上げた。

 

次の月曜3限

 

 常二は2限の講義の後、友人と別れて学生会館にあるカフェに向かった。

何組かのグループがテーブルを占めていて、満席かと思ったが、奥の二人掛けの席を探すと、手を振る美彌を見つけた。

美彌は、前会ったときと違って、濃い化粧をしていた。リップが赤く照っている。服も他の学生が着ていないような上品なものだった。

「待った?」と常二が聞くと、

「今来たところよ」と白い歯を見せた。

「今日は一段ときれいだね」と常二は思いきって言ってみた。言ったあと、胸鳴りが高まった。

「本当?ありがとう」美彌はうれしそうに笑顔で常二を見る。

 

常二はカフェオレを二つ運んできて、美彌と一緒に飲んだ。

カップを置きながら美彌は、

「常二君て、彼女いるの?」といきなり聞いてきた。

「いない」即答した。

「そう」しばらく間をおいて、

「ねえ、いやじゃなかったら」と言って美彌は言葉を切った。

「いやじゃなかったら?」常二が聞き返すと、

「あたしとつきあってほしい」真顔でさらりと言う。

 

常二はカフェオレを吹き出しそうになったが、カップを置いて、「いいよ」と答えた。

常二は言ったあと、これは何か悪い冗談ではないのかと思った。

どこかから誰かが常二の表情をカメラで録画でもしているのではないか。

しかし、今までの美彌の印象では、そんなつまらないことをするとは思えない。

 

「俺の、どこがいいの?」なぜ、自分を気に入っているのか、それが知りたい。

「あの時から」美彌はそう答えた。

「あの時って、中央芝生で?」

「そう、中央芝生で。あの時、あなたにジュースかけちゃったでしょう」

「よく覚えている」常二が答えると、

「あの時、一目で気に入ったの」と美彌は言った。

「イケメンだったから?」冗談で言ってみた。

「うん、顔も好きだし、雰囲気が良かったの」笑いながら美彌が答えた。

「照れるやん」常二が茶化すと、美彌は、

「私のことどう思った?」と逆に尋ねた。

常二は、正直に言おうと思い、

「きれいで、やさしそうな人だなって思った」と答えた。

「タイプ?」「そう、めっちゃタイプ」常二が即答すると、美彌はうれしそうに、

「うふっ」と笑った。

「話しやすそうに思ったの」

「何でも聞くよ」

「本当?」

美彌の大きな二重の目がさらに大きくなった。

「何が好き?」何でも知りたいからと美彌は言い足した。

「本と音楽かな」と常二は答えた。

「私も本が好き。音楽はどんなのが好き?」

「洋楽、ロックが好き。美彌は?」と言ってから、常二は、

「美彌って呼んでいいかな」と尋ねた。

「もう一回言ってみて」美彌はうれしそうに言った。

「美彌」常二がすかさず言うと、

「うふっ」と満足そうに笑う。

「にやけてますけど」常二が言うと、

「もう一回お願い」おねがーいと語尾を伸ばした。

「あほらし」常二があきれると、

「大事にしてね」と返された。

 

 その日から毎日、常二は授業の空き時間に美彌と会って話をするようになった。

美彌はよく話をする人で、常二はいつも聞き役に回った。

明るく、楽しい話ばかりなので、美彌と会うことがうれしかった。

しかし、常二は自分の家のことを聞かれたらどうしようかと思った。

 

美彌は、ライブハウスに一緒に来ていた佐知や美和を連れてくることもあった。

佐知は、

「この子、最近、のろけばかり話すのよ」と常二に知らせた。

「そんなに私、のろけてる?」恥ずかしそうに顔を赤らめ佐知に聞く美禰を見て、

「美彌の機嫌がよかったら、俺はうれしいよ」とフォローしておいた。

「はい、またのろけ」佐知が笑った。

 

一緒にいる姿を常二の友人にも見られて、常二は仲のよい柴崎から、

「お前、いつの間にあんな美人つかまえたんや?」と問い詰められた。

「もう、行くとこまでいったか?」

「そんなんとちがう。美禰とは友達」常二がいくら言っても信用しなかった。

「美彌さんの友達を紹介してもらいたいわ。頼んどいてくれ」柴崎は常二にこう言って、顔の前で手を合わせた。

 

 佐知や美和から、常二と出会ってから美彌が楽しそうにしていると聞き、うれしくなった。

自分みたいな男でも、人を幸せな気分にさせるのかと思うと、なんとなく元気が出る。

常二の実家は未だ苦しく、仕送りも途絶えたままだった。

とりあえず後期の授業料をなんとかすることが常二にとって大きな課題だ。

もっと美禰と楽しく過ごしたいのだが、アルバイトも増やさなくてはいけない。

就職が決まった先輩に家庭教師のアルバイトを譲ってもらうことになったのはありがたかった。

 

中央芝生でランチ

 

 時計台の前で階段に腰掛けていると、美彌が大きなトートバッグをもってやってきた。

今日は芝生で一緒に昼食を食べることになっていた。

 

中央芝生は、サークルの集まりや、寝転がるカップルや一人で本を読む人や、フリスビー、バドミントンをするグループなどで賑わっていた。

空いているスペースを見つけ、芝生の上に美彌が持ってきたシートを敷いて並んで座った。

トートからバスケットを取り出し、開くとサンドイッチがたくさん、きれいに詰められていた。

 

「さあ、どうぞ」美彌の笑顔がこぼれる。

「すごいごちそう、たいへんだったでしょ」常二が言うと、

「早起きして六時から作ったの」と言いながら、おしぼりを常二に渡す。

「ありがとう、こんなにたくさん」

「がんばったけど、味見てみて」と言って、一切れ差し出した。

「うん、おいしい」

「本当?うれしいな」美彌は常二の目を見てほほえんだ。

 

半分ほど食べ終えた頃、柴崎が常二を見つけて声をかけてきた。

「常さん、紹介してよ」柴崎が二人の前に立つと、背の高さが一段と感じられる。

柴崎は高校時代、アメリカンフットボールをやっていて、身長は百九十センチメートル近くある。

見上げる感じになって、大きさに驚く美彌に、

「同じゼミの柴崎君。でかいでしょう、こちらが阪上美彌さん」と常二が言うと、柴崎は、

「やっとですよ。今まで俺らの間でこいつが美人をつれてるとうわさになっていて、誰も会ったことなかったから」

「柴崎です、よろしく」そういって尖ったあごに特徴のある柴崎は頭を下げた。

「こちらこそよろしくね、よかったら食べていって」そう言って美彌は柴崎にサンドイッチを差し出す。

「ええ、いいの?むちゃうまそう」柴崎は一口で食べてしまった。

「うまいわー」そう言うと、「こんなうまいものつくってもらえるお前がうらやましいわ」と言いながら常二に目で合図する。

「なんや、目にゴミはいったんか」常二が言うと、

「ほら、あれや、忘れたんかあのはなし」柴崎が言うので、常二はやっと、美彌に友達を紹介してもらいたいと言っていた話を思い出した。

「美彌、柴崎に合いそうないい彼女、いないかな。誰か紹介してあげて。見た目はごついけど、いい奴なんや」常二が聞くと、美彌は、柴崎に

「どんな人がタイプなの?」と聞く。

「かわいくて、小柄な人」柴崎の答えに、常二は、

「背の低い女子が好みやねん、こいつ。自分はでかいのに」と美彌に説明する。

「凸凹カップル?」美禰はまじめに言うのだが、常二は思わず吹き出した。

「頼みますよ」と言って去る柴崎を二人で見送る。

 

「いいやつなんやけど、見た目がごついから損してる」と常二が言う。

「阪急電車で、競馬の開催日に、柴崎が車内で煙草を吸ってる男に出会って」

「それで」美彌は、身を乗り出した。

「柴崎がじっとその男をにらんでいたら、男が気づいて、あわてて煙草を口から落として、次の駅で降りて逃げていったらしい」

「本当?」美彌は笑いながら常二の膝をたたいた。

「根はいい人なんや」

 

 食べ終えたあと、二人で芝生に寝転がって空を見た。

あざやかな青色に晴れた空は、キャンパスが六甲山麓の東端の丘陵地にあるせいか、街で見るよりも近く感じた。

白い時計台が、青空と流れる白い雲と絶妙に釣り合っていて、美しい。

「あたし、あなたに会えてよかった」

常二の横でつぶやいた美彌の横顔は、常二には一瞬、寂しそうに思えた。

 

 美彌は時計台の図書館でも常二のレポート書きにつきあってくれた。閉館時間まで、参考文献を読みあさり、レポート用紙に写す作業をする常二のそばで、自分の専門の勉強をしながら常二が終わるのを待っている。

 常二が元町のライブハウスのアルバイトに入っている夜も、美彌は一人で店に来て、早上がりの常二を待っている。九時過ぎに仕事を終えると、美禰と連れだって元町の山手にある路地裏の小さな店に、ご飯を食べに行った。

 そして阪急電車の各駅停車で、夙川まで一緒に乗って帰り、降りる美彌を電車の窓から見送る。美彌は大股でホームを歩きながら大きく手を振る。電車が美彌を追い越していく。美彌は常二にずっと手を振り続ける。

 

発作

 

 その日も美禰の授業の終わりを待って一緒に川沿いの道を駅まで歩いた。

駅の近くにクラシック専門の小さなカフェがある。いつもと同じように、二人でお茶を飲み、流れるクラシックの曲を美禰が解説してくれる。

奥のテーブルで同じ大学のサークルの集まりがいる。突然、大きな声で高い笑い声が起こった。

その声が聞こえた直後、美禰の顔面が蒼白になり、目がうつろになって、肩で激しく呼吸しだした。

「どうした?具合悪いの?」常二が心配して顔をのぞき込むと、美禰はふりしぼるように「出ましょう」と言った。

たっていられない美彌を両脇から抱えて、会計を済ませて店を出た。途端に美禰は道に座り込んだ。顔を両手で覆って、肩で激しく息をする。

動転してしまった常二は、美禰の背中をさするばかりで、どうしたらいいのかわからない。

「大丈夫か?救急車呼ぼうか」

血の気の失せた顔で肩を振るわす美禰。激しい息づかいが止まらない。

駅に向かうタクシーが丁度近づいてきたので、常二は思わず手を挙げて、車を停めた。

「乗れる?」美禰を支えて右のドアから乗せる。左ドアにまわり、美禰の頭を膝の上に載せて、運転手に急いで苦楽園に向かうように頼んだ。

大学前まで引き返して、キャンパスの中の道を通り、左折する。対抗できないほどの狭い道を通って、長い坂道に出る。そこをくだり、交差点を直進して坂道を登る。そこまで細かく運転手に道順を教えて、とにかく美彌の家まで連れて行こうと考えた。

常二は美禰の家を知らなかった。苦楽園のどこかにあるはず。近くまで連れて帰れば、なんとかなるのではと思い、祈るような気持ちでタクシーの進む道を見つめた。

美禰は苦しそうな息づかいは変わらず、両目からは涙が流れている。

「しっかり、大丈夫だから」

「もうすぐ家だよ」

「ゆっくり息を吐こう」

おそらく発作を起こして過呼吸になっている。美禰を救ってほしい。神様でも何でもかまわない。美禰を、救って。

タクシーが苦楽園の駅前に来て、常二は美禰の家に電話だと気づいた。

何度かの呼び出し音のあと、美禰の母親が出た。あわてて事情を説明し、家の住所を聞いた。すぐにタクシーに向かってもらった。

苦楽園の駅から山に向かってかなり坂道を登った。何度もカーブをまわり、着いた家はびっくりするぐらい大きな門構えの邸宅だった。付近も豪邸が並ぶ一角だ。

タクシーが門の前に着くと、中から若い女性が出てきて、常二にあいさつをして、「美彌さん、もう大丈夫ですよ」と言って、美禰を車から降ろし、家の中に連れて行った。すぐに引き返してくると、その女性は、運転手に万札を渡し、「これでお送りしてください。」と言った。

常二はただ茫然として、運転手に「苦楽園の駅までお願いします」と言った。

 

 それから三日経つが、美彌から何の連絡もなく、常二の電話にも出なかった。大学でも美彌の姿はなかった。

その間、常二は下宿で、あの日のことを思い出しながら、考えていた。

何か美彌の気に障ることを言わなかったか?会ったときにちゃんと美彌のことをかわいいと褒めたか?

美彌が嫌がる振る舞いをしなかったか?

答えはすべてノーだ。特に変わったことはない。

では、何が悪かったのか。

何度も反芻した。仕舞いには、手の中の水がすべてこぼれ落ちるように、美彌が常二の目の前から消えていくのではないかという妄想に苦しめられた。

あのカフェで、大きな笑い声が起こったとき、美禰は急に具合が悪くなった。そのことが引き金であるように常二には思えた。

しかし、美彌はなぜ、電話にも出ないし、自分からも連絡してこないのか。電話もできないほど重い病気なのだろうか。

 明日には美彌の家に直接電話してみよう、そう決めた金曜の夜、アルバイト先の店に、美和が尋ねてきた。

美和の深刻な顔を見た瞬間、常二は美彌のことでやはり重大なことが起こっていると察した。

今夜は客が少なかったので、店長に頼んで店の席で美和と話をした。

美和は、席に着くとまず、常二に美彌を助けてくれてありがとうと言った。

そして、美彌からと言って手紙を差し出した。

「読んで」と言われて、常二はきれいな模様の便せんを開いた。常二は緊張した。

美彌の丁寧な字が並んでいる。長い手紙だった。読み終えると、美和は

「あの子はあなたが自分のことを嫌いになると思い込んでるの」

「バカでしょう」美和は言った。

「発作なの。今までに何度か起こしている」

「原因は、その手紙に書いてあることが大きいと思うの」

美和はそう言って、

「今は体調は戻ってるわ」と告げた。

美和は普段と違って笑顔を見せない。

「そう、よかった」常二が言うと、

「それがよくないの」

「心の方が具合悪いのよ」と美和は言う。

「あなたがこれで美彌から離れてしまうと思って、泣いてばっかり」

そういう美和は常二の顔を見て、

「どうなの」と尋ねる。

「美彌と別れる気?」

「えっ、何で?」

「別れるわけない」

「本当?」

「本当」

「絶対?」「ぜったい」常二は即答した。

「持病があって、発作を起こして、それで別れるなんて事は絶対ない」

「嘘だったら、大阪湾に沈むわよ」

「こんな時に冗談は止めて」

「阪上家の力ならあなた一人くらい消せるのよ」

「だからやめて」

「本当なの?そう、よかった」ホッとした表情を見せて初めて美和は笑った。

「あなたがどんな返事をするか心配で夕べは寝られなかったわ」

 

 美和はそのあと、軽い食事をしながら、常二に美彌と会う段取りを話した。

月曜の昼に、美和が付いて美彌を連れて行くから、学食のカフェで待っているようにと言うことだった。

 

美和に、「ありがとう、いろいろ心配してもらって」と言うと美和は、

「あの子とはずっと友達だからね」と答えた。

店を出る間際、美和は、

「美彌を泣かせたら、沈めるから」と言った。

「やめろ」常二が言うと、バイバイと笑顔で手を振って帰って行った。

 

月曜の昼、カフェで

 

 月曜の昼に、学食に行ってカフェを覗いた。美彌と美和はまだ来ていなかったので、店の奥の方で、静かに話ができそうな席を選び、二人が来るのを待った。

待っている間、いろいろな思いがわき起こったが、とにかく美彌の顔を見ることが第一だと思い直した。

 

 美和が常二を見つけて、笑顔で手を振った。後ろ手で、美彌の右手をつないで、美彌を引っ張るようにして席にやってきた。

常二の向かいに美和と並んで座った美彌は、長い黒髪が顔を覆って、表情がわからない。

「待ってたよ、美彌」と常二が声をかけると、うつむいていた美彌は、顔を上げ、右手で髪を掻き上げて、二重の大きな目で常二を見つめた。常二が瞳を見返すと、美彌の瞳の表面に涙の膜ができるのが見えた。こぼれそうなところで耐えている。

「ごめんね、心配かけて」そう言うと、ハンカチを取り出して目元をぬぐった。

美和は横で心配そうに美彌の顔を見まもっている。

 

「手紙読んだよ。いろいろたいへんだったんだね。でも、これからのことが大事なんじゃないのかな。俺たちの。話したくなったらいつでも聞くから。少しずつ美彌のことをわかっていくから。今まで通り、仲良くやっていこう。それでいいかな」

常二はことばを慎重に選びながら、ゆっくりと語りかけた。

美彌の大きな目から涙がこぼれ落ちた。

ハンカチを当てずに、常二の目をじっと見つめる。

 

「おこがましいけど、俺を信じてほしい」

「さあ、美彌、常二さんもこう言ってるから、泣かないで」美和が横からハンカチを差し出す。

「ずっと泣いてるでしょ、もう、泣くのは止めて。あとは二人で水入らずで話してね。大丈夫でしょう、美彌」

美和はそう言って、席を外そうと立ち上がった。常二の顔を見て、

「泣かせたら、大阪湾よ」と真顔で言った。

「ここで言うか」

美和は笑って、

「よろしくお願いね」と二人に手を振って出て行った。

 

しばらくして美彌は、顔を常二に向けた。

「ねえ、本当にいやじゃないの?」

「当たり前だろ、俺はずっと美彌が好きだ」

「うふっ」涙をためたままの顔で笑った。

「もう一回言って」

「俺は美彌が好き、ずっと好きでいるよ」

「うれしいわ。大事にしてくれる?」

「ああ」

「ひと言だけなの?」

「これ以上、言わせる気?言う方も恥ずかしいわ」

 

二人で、カフェオレを飲んだ。少しぬるい。

「大阪湾って何?さっき美和が言ってたの」

「それは、ちょっと」言葉を濁す。

「何?教えて」

「泣かない?」

「ええ、何で?」

「じゃあ言うわ。俺が美彌を泣かすと、大阪湾に沈められるってこと」

目を見開いて常二を見る。

「誰が沈めるの?」おかしそうに笑って聞く。

「美和が言うには、阪上家なら俺一人ぐらい簡単に消せるそうだって」

「泣いてやる」美彌が突然泣きまねをしだした。

「やめろ!」

 

 その日は二人でバス道をゆっくり歩いて帰った。電車で北口、夙川、さらに苦楽園まで行き、一緒にホームを出ると、美彌は、「今日はここでいいわ、大丈夫。ありがとう」というので、電話するからと言って引き返した。

電車が来るまで、美彌は見送っていた。発車した電車の窓から、美彌に手を振ると、美彌は飛び上がって大きく手を振った。

 

美彌の家に呼ばれる

 

 美彌が発作から回復して二週間ほどが過ぎた頃、常二は美彌の家に行くことになった。

美彌の母が、常二に会いたいと言う。

美彌は少し心配していたが、常二は美彌の母にちゃんと会って、自分のことを知っておいてもらうのは悪くないと考えて、打診された日曜日に行くと返答した。

 

あの日に門の前まではやってきたのだが、 今日は門をくぐって入る。エントランスまでは美術館の建物のような庭の広さだ。玄関には美彌が待っていた。

「来てくれてありがとう」

「立派なお屋敷で、緊張する」

小声で美彌に言うと、常二はロビーのような広さの部屋に通され、十人以上はかけられそうな長いテーブルにすすめられるまま腰をかけた。

飲み物を運んでくる美彌の顔が少し緊張して見える。

 

美彌の母は、奥のドアを開けて出てきてて、常二にあいさつをした。

「先日は美彌がお世話になり、ありがとうございました」そう言って深く礼をした。

常二は思わず席を立ち上がり、同じく深い礼をした。

美彌の母は、四十歳代とは思えないほど若く見えた。美彌と姉妹と言ってもおかしくない。

美彌によく似ている顔立ちだが、常二を落ち着かなくさせるような貫禄が感じられた。

美彌と常二は並んでテーブルに着き、美彌の母は向かい側に座った。

「美彌から話はよく聞いています。いろいろやさしくしてくださっているそうですね」

「いえ、とんでもありません。僕の方が美彌さんによくしてもらっています」

俺とは言えなかった。

 

先日見た若い女性がケーキを何種類も運んできた。「お好きなものをどうぞ」と言って出て行った。

ケーキはどれも食べたことのないような上品な甘さだ。

美彌は今日はあまり口を開かない。主に美彌の母が常二に問いかけ、常二がそれに答えるというやりとりが続いた。

常二は自分の家のことを聞かれたらと心配したが、さすがにそれは話題に出なかった。

 

常二はだんだんと打ち解けてきて、話の途中で三人が笑うこともあった。

しかし、美彌が席を外して二人になると、美彌の母は、

「あの子は帰国してから小学校で、いろいろとつらいことがあって、この前のような発作を起こすようになったんです」と切り出した。

美彌は父の事業のため、カナダで幼時を過ごし、小学校高学年になる頃帰国した。

「ずいぶんよくなってきているのですが、まだ完全には治りきっていないので、どうかそれを理解してくださいね」

常二は「はい、わかりました」と答えたが、美彌の母は、まだ言い足りないと思ったのか、

「あの子をそっとしておいてくださいね。大事な時期なの」そう言って常二の顔を見た。

常二はその意味を美彌とは男女の深い関係になるなと言っているのだと受け止めた。

 

「約束してくださるわね」念を押してきた。

「わかりました」と答えたあと、常二は、何とも重い気分になった。

 

美彌の母のこの言葉が常二には呪いの言葉になった。

 

だんだんとボディブローのように効いてくることば

 

 会うたびに、毎日、「きれいだ」と常二が言うことをねだる美彌。

そう言われると、「うふっ」と言ってはにかむ美彌。

ところが、常二は美彌の母のことばを聞いてから、美彌にキスを求めなくなり、手もつながごうとしなくなくなった。

 

 もちろん、常二は、美彌といると楽しいし、美彌の美しさに見とれることもある。一緒に歩いていて美彌の身体に、自分の手や肩が触れると、常二の身体の芯に戦慄が走る。美彌の豊かに盛り上がった胸のラインや、細いが均整の取れた白い脚を見ると、美彌に欲情するが、常二は首を左右に振って頭の中の妄想を振り落とす。

 

 今日も、美彌と別れて下宿に一人帰ると、常二は我慢できずに自慰行為にふける。美彌の姿を思い出し、どうしようもない衝動に突き動かされて、熱でほてった身体から情念を放出する。そして必ず、後悔の思いがわき起こる。美彌を汚しているように思える。

 

 美彌は常二がキスを求めなくなったのを不審に思いはじめていた。

学校から一緒に川沿いの道を帰りながら、今日一日の出来事をお互いにしゃべっていたとき、ふと話すのを止めた美彌は、

「ねえ、今日は下宿について行っていい?」と聞いてきた。

 

 常二は美彌をまだ一度も下宿に連れてきていなかった。アルバイトに追われ、二人でゆっくりできる時間がなかったこともあるが、美彌を下宿に連れてくると、その時は、自分の衝動を抑えきれないと自覚していたことが大きかった。

そうなってしまうと、美彌との関係も変わってしまうのではないかと恐れていたのかもしれない。

何より、あの呪いの言葉が効いていて、美彌の身体に触れることができなかった。

 

「また、今度にしよう。今日は都合が」ということばにかぶせるように、美彌は、

「なんで最近手もつながないのよ、おかしいでしょう?」と怒気を含んだ声で言った。

「私のこと、いやになったの?」立ち止まって、美彌の大きな目が常二の目を見つめる。

常二は耐えられずに目をそらす。

追い打ちをかけるように、

「おかしいわ、この頃。常二、私に隠し事あるでしょ」と言った。

そして「好きな人できたの?」と小声で聞いた。

 

「いや、絶対、そんなことない」常二が言い張っても美彌は納得しなかった。

「じゃあつれてって」美彌は怒って言った。

「今日は止めておこう」そう言うと、美彌は

「私、帰る」と言って一人で駅の方にかけだしていった。

 

常二はその後ろ姿を見送ることしかできなかった。

 

柴崎の来訪

 

 下宿に柴崎が来た。

大学の講義に常二が出ていないのを心配して来たという。

「なんか、しけた顔してるなあ。どうしたんや」

そう言って買ってきた飲み物を差し出す柴崎に、常二はつい、美彌とのことを話してしまった。

 

美彌の家に呼ばれて行ったこと。美彌の母から美彌の身体に触れないよう釘を刺されたこと。

それ以来、美彌の身体に触れられず、キスもしないし、手もつながないこと。美彌が怒ってしまったこと。

黙って聞いていた柴崎は、常二の話が終わると、

「お前はアホか。何でそんな母親の話を真に受けるんや」とののしった。

 

「どこの世界に彼女のママのお願いに従う男がいる?いたとしたら、人類は絶滅してるわ」

「人がいいのもいい加減にしろ、美彌のママが美彌に触れるなって?そんなことは美彌本人が決めることやろ、違うか?」

「もう成人したええ大人が、自分の生き方を自分で決められずに、ママの言いなりになってそれで幸せか?」

「美彌さんはそんな甘ちゃんと違うやろ」

柴崎のことばは手厳しかった。ひと言ひと言が常二にはこたえた。

 

「でも、美彌にはいじめられたことで心が不安定になる病気があって」

常二が説明すると、柴崎は、

「美彌さんのそれは気の毒だと思うし、お前が心配するのもわからんでもない。でも、彼女はそれを克服しようと戦ってるのと違うのか。お前とつきあってるのもそのひとつや。美彌さんのその努力にお前は、腫れ物に触るような態度で接しているのか。」

「それが美彌さんとの誠実な向き合い方なんか。考えてみろ」

柴崎にここまで言われて、常二はひと言も反論できなかった。

 

買ってきた炭酸ジュースを一気に飲み干すと、柴崎は大きなゲップをした。

 

 その晩は柴崎と下宿で飲み明かした。

「彼女が俺を求めて離してくれんのや」

柴崎は美彌の紹介でつきあっている彼女のことを話し出した。

 

「おとなしい子と思っていたら、情熱的で。会うたびに俺を欲しがる」

「それにこたえるため、俺は会う前に必ず自分で抜いてから、会うようにしてる」

「どれだけ絶倫なんやお前は」常二は聞いていてあきれるばかりだ。美彌が言った凸凹カップルということばを違う意味で思い出した。

 

「初めての時は、俺のがでかすぎてうまくいかんかった」

「でも、次から何回も求められて」

柴崎の彼女は小柄で童顔なので、柴崎の話がにわかには信じられない。

「あのかわいい感じの人が?」

「そうや。お前は女性の怖さをまだしらんやろ」

「美彌さんも結構、」そう言って、にやけた顔を向ける柴崎にすかさず、

「やめろ」と言った。

 

「ええか、俺が美彌さんに連絡するから、来週一緒に会ってちゃんと話をしろ。そうやな、美和さんにも来てもらおう」

「俺に任せとけ」柴崎はそう言って、缶ビールを飲み干した。

 

 翌週、約束の日に常二は柴崎と一緒に大学前のバス通りにあるカフェに向かった。二階の席にあがり、美彌と美和が来るのを待つ。

間もなく、美和が、その後ろに美彌をつれてやってきた。

柴崎が大きく手を振って二人を席に招いた。

 

座るとすぐ、美和が常二に真顔で

「大阪湾に沈め」と言った。

「あれだけ言ったのに、なんで美彌を泣かせたの」問い詰める美和に、柴崎がまあまあと言って取りなす。

 

 常二は慎重にことばを選んで、美彌への態度をわびた。美彌の母に原因があるとは思われないように、美彌に話すのは難しかった。自分の勝手な思い込みが間違っており、美彌にいやな思いをさせてしまい、すまなかったと言った。

聞いていた美彌は、前と同じように大きな涙をこぼした。

 

「ちゃんと美彌に向き合っていきます」常二が、三人に向かってそう言うと

美彌は、「私のことを大事にしてくれる?」と尋ねた。

「もちろん、大事にする。美彌のことを好きだ」というと、

泣き笑い顔で、「うふっ」と言った。

やっと美和も表情をやわらげ、

「手のかかるカップルだこと。コンサルタント料もらいたいわ」と言った。

柴崎は「どう見てもお似合いの二人なんやから、少々のことで、ゴタゴタせんときや」と言った。

美和は「あなた、本当にわかってるよね?今度美彌を泣かせたら大阪湾」その言葉を遮って

「以後気をつけます」常二は思わず頭を下げた。

 

 柴崎と美和と別れて、美彌と川沿いの道を歩きながら、駅に向かった。

美彌の家の近くで夕食を一緒に取ろうと電車に乗った。

電車の中は夕方の帰宅ラッシュで混んでいた。ドアのそばに立つ二人の手と手が触れた。常二は美彌の手に自分の手を重ね合わせ、強く握りしめた。

美彌は常二の顔を見上げ、「うふっ」と言った。

 

苦楽園で降りて、芦屋の山手方面に続く坂道を手を握ったままゆっくり歩いた。しゃれた店が建ち並ぶ一角では、ショーウインドウに映る美彌の姿が美しかった。

 

見落としてしまいそうな小さなレストランに入り、二人でイタリアン料理のコースを食べた。美彌は元気を取り戻し、よくおしゃべりをした。常二はそれを楽しく聞いた。

この時間が永遠に続いてほしい、そう願いながら、美彌と過ごす一時一時が大切な人生の瞬間だと思った。

 

「もう二度と泣かさないでね」美彌が食事を食べ終えたあと、コーヒーを飲みながら言った。

「約束するよ」

「前もそう言ったでしょ」美彌がすねた表情を浮かべるので、テーブルの下で美彌の太ももを右手でつねった。

 

美彌は常二を見つめたまま、二重の目を大きく見開いた。

「何するの」まわりを気にして声を潜めて常二に顔を近づけて言った。

「その口をつねりたいわ」常二が言うと、美彌は

「ひどい」と言って常二を見つめる。

「ひどいのは美彌の方さ。俺を信じてくれないなんて」と言い返すと、

「じゃあ許してあげるから、もう一回つねって」

「変態か」常二があきれると、

「お願い」というので、美彌の太ももをやさしく撫でた。

「うふっ」といつもの声を出した。

 

 

塚本の自殺

 

 秋の大学祭で、常二は軽音楽部の知人に頼まれ、サポート役で二曲だけギターを弾いた。演奏が終わったあと、何人かの学生から、かっこよかったよと声をかけられてうれしくなった。

待っていた美彌にどうだったと聞くと、「よかったわ。でも、なんだか別人みたい」と言った。「惚れ直した?」と聞くと、美彌は「調子に乗ると、大阪湾よ」と笑いながら言った。

 

 その知らせは下宿に来た柴崎から聞いた。

同じゼミの塚本が、自殺したという知らせだった。

塚本は実家がお寺で、親との折り合いが悪かったという。

 

塚本は先月、初めてひとりで常二の下宿を訪ねてきたのだった。

その晩は音楽や彼女のことなど他愛もない話をして常二の下宿に泊まって帰ったのだが、塚本からはそんなそぶりは一切感じ取れなかった。

柴崎の話を聞いた常二は全身に鳥肌が立った。

柴崎は葬式に行くというのだが、常二はあいにく仕事が入っており断れないので、参列できないと言った。

柴崎は俺が常二の分も併せて参列してくるから、気にするなと言って帰った。

 

下宿で一人になると、常二は塚本が来たときのことを反芻した。

何気ない会話の中に原因と思われることはなかったか?

たしか塚本は常二の親のことを尋ねた。

常二は隠さずに、自分の家は母子家庭で、父には会ったこともない、今は経時的に苦しくて、学費も仕送りもなく、アルバイトに追われている。そう言うと、お前もたいへんなんやなと塚本は言った。

 

なぜ、あの時、死を考えていたなら相談してくれなかったのか。そうしてくれたら少しでも引き止めることができていたかもしれない。

常二はそこまで考えて、自分も高校二年生の秋に一度、自殺未遂を起こしたことを思い出した。

 

原因は、医者から今の体調なら、通常の社会生活は一生無理だと宣告されたことだった。

高校に入学してから常二は体調に異変をきたした。毎朝からだが重く、だるく、起きにくくなってしまった。

友人はサボりだと言って笑ったが、学校の健康診断で尿検査の数値が異常だと言われ、病院で検査をしてもらうと、即入院させられた。

十日間ほど入院していた間、楽しみだった修学旅行は終わってしまった。

 

何度もいろいろな検査を受け、告げられた診断が、腎臓に深刻な異常があり、普通に社会生活を送ることはできないだろうという結果だった。

それを聞いた母は動転し、なんとかならないのかと医者に尋ねたが、医者はしばらく様子を見るしかないという返事だった。

それ以来、学校を休みがちになり、勉強も遅れて成績が急下降した。国公立大学を受験し、進学することが目標だった常二は、半ばその夢を諦めかけていた。

 

そんなあるとき、発作的に睡眠薬を大量に飲んでしまったのである。薬は眠れないからと言って処方されていたものに、ひそかに手に入れていたものを加えた量を飲んだ。何か強い力で吸い寄せられるようにして起こした行為だった。

 

外出から戻った母が常二の異常を発見し、すぐに救急車で運ばれた。

幸い処置が早くて、別状はなく、翌日には退院できた。ただし、退院するとき、医者からきつく叱られた。高校にはそのことはばれなかった。一年後には奇跡的に完治していたのだが。

 

そんな過去がある常二には、塚本の自殺は痛かった。

その当時のことを思い出し、夜になると、無性に死にたくなった。何かの力で高いビルの屋上にひきよせられる。そしてフェンスを乗り越えて、身を投げる。そんな妄想が繰り返される。

怖くなって一人で涙を流して夜が明けるのを待った。

夜が明けると妄想は消えて、安心して眠りに陥る、そんな日が何日か続いた。

 

美彌からの連絡には返事ができなかった。心配しているだろうなとは思ったが、今の精神状態では美彌に向き合えない。

 

一度下宿に来た柴崎は常二を心配して、塚本のことは気にするな、どうしようもないことだと言って慰めた。

 

このままでは自分はダメになる、美彌も泣かせてしまうと思うのだが、どうにもできなかった。

 

柴崎からだいたいの話を聞いたのだろう、美彌が一人で常二の下宿に来た。

 

夕方誰かがドアをノックするのでようやく身体を起こして、出ると、美彌だった。

美彌は、ひげも剃らず、顔色の悪い常二を見ると、わっと声を上げて泣き出し、常二に抱きついた。

部屋に美彌を入れ、心配をかけて済まないと謝った。

美彌は常二に抱きついたまま身体を震わせ、長い時間泣いていた。そしてやや落ち着くと、常二の目を見て、「抱いて」と言った。

 

常二は頭を何かで殴られたような衝撃を受けた。

美彌は身を以て俺を救いに来たのか、その思いを拒むことはできない、そう思うと、夢中で美彌を抱きしめた。

 

濃密な時間が過ぎていった。夜中に目覚めると、常二の横で美彌が寝入っていた。裸の肩を揺すり、美彌を起こした。

 

「大丈夫なの、家は」と尋ねると、目を開けた美彌は、

「美和の家に泊まると言って出てきたから」と言った。

キスをせがむので、唇を合わせた。

「うふっ」といつものように言った。

「ねえ、もう一回」そういう美彌の胸をきつく抱きしめた。

 

翌朝、目覚めて見た美彌の姿は、まぶしいくらい美しく、いとおしかった。死のうと思った自分がかき消されてしまった。

 

二人でシャワーを浴びて、服を着替え、外へ出た。

駅前のカフェでモーニングセットを二人で食べた。

 

「また泣かせたわね」食べ終わると、美彌が言った。

 

クリスマス前

 

 クリスマスが近づくと中央芝生の時計台は、そばに植えられた大きなもみの木に色とりどりのあざやかなデコレーションが施されて、美しかった。

 

講義が終わって早くも日が落ちて暗くなった中に、イルミネーションが輝く。

美彌はうっとりした顔でその光を見つめている。

 

「ねえ、クリスマスは家に来て。ごちそうするから」

美禰は常二の肩に頭を寄せながら、そう言った。今の二人なら、美彌の母に対して、なんら負い目を感じることはない。

 

「うん、行くよ。楽しみだね」

そう言って美彌のほおにそっと口を寄せると、

「うふっ」と言って白い歯を見せた。