パンデミックを生きる指針ー歴史研究のアプローチ 藤原辰史
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原文を必ず一読することをお勧めします。
ここでは理解の一助として、段落要旨をまとめてみました。
では、要旨を段落ごとに見ていきましょう。
各段落ごとの通し番号は、形式段落を中心として、私が便宜上、設定しました。
1起こりうる事態を冷静に考える
1人間は、目の前の危機よりも、遠くの希望にすがりたくなる。
2甚大な危機に接して思考の限界に突き当たると、楽観主義にすがり現実逃避する。為政者の楽観と空威張りをマスコミが垂れ流し、多くの国民が信じてしまうのは歴史の事実である。
3世界史は生命の危機であふれてきた。特に日本では、為政者の安易な希望論、道徳論、精神論が国民の判断力を鈍らせてきた。
4歴史研究者は、虚心坦懐に史料を読む技術を持つため、過去の類似現象を参考に、すがりたくなる希望を冷徹に選別することができる。
2国に希望を託せるか
1新型コロナウイルスは世界を分断している。日本の首都では感染者が急増している。健康のみならず、国家、家族、未来への信頼を打ち砕く。
2危機が迫ると人びとは、自分の思考を放棄し、リーダーに委任しようとする。情報を隠すことなく、異論に寛容で、きちんと後世に文書を残し、過ちを部下に押しつけず、ウイルスと戦う最前線の人たちの不安を除去し、少数意見を弾圧しないリーダーであれば、人びとは納得する。
3ところが、日本政府やそれに類する海外の政府は、上記の条件をすべて怠ってきた。
4その上、「緊急事態宣言」で基本的人権を制限する機能を与えてしまった。為政者が自分の都合で宣言を活用した例は世界史にあふれる。
3家庭に希望を託せるか
1家庭に生死を決める重荷がのしかかる。経済基盤、育児環境も改善しないので、家庭が安全という保証はない。
2子どもにとって家庭は安全な存在か。7人に1人が貧困状態にある日本で、経済状況の差を広げた政策のつけが回ってくる。
3フランスでは家庭内暴力が増加した可能性があるが、日本も同様である。
4家族が機能不全なら地域に頼るしかない。しかし、弱い立場にある人を支える場所が、ウイルスの影響で機能不全に陥っている。
5現時点で大災害が起こると、地域の避難所は感染の温床になってしまう。
4スペイン風邪と新型コロナウイルス
1新型コロナウイルスが拡散する今、参考にすべき歴史的事件はスペイン風邪である。1918年から1920年まで、3度の流行を繰り返し、世界中の人々を恐怖に陥れた。ウイルスが原因であり、国を選ばず、地球規模で、巨大な船で集団感染し、初動に失敗し、デマが飛び、著名人が多数死亡など、状況が似ている。
2当時はウイルスを分離する技術が確立されておらず、医療技術は現在のほうが有利、人口が17億と75億の現在では過去が有利、多くのメディアが情報を大量に発信し、WHOも存在するが、どちらが有利か。
3百年前は、これまでにないほどの人の移動があった。第一次世界大戦のため、インフルエンザが流行っていたアメリカから多数の若い男が輸送船でヨーロッパに渡った。ヨーロッパにはアジアから多くの労働者が来ていた。アジアにも感染が広がり、日本人も40万人が亡くなった。
4インフルエンアが広まった理由は、戦争中の衛生状態や栄養状態が悪かったことだ。
5現代の人の移動の激しさは当時の比でない。飛行機で動くツーリストの動きは桁違いだ。
5スペイン風邪の教訓
1クロスビー『史上最悪のインフルエンザー忘れられたパンデミック』を参考にする。
2感染の流行は一回では終わらない。スペイン風邪は3回の波があった。二回目が致死率が高かった。ウイルスは変異する。新型コロナウイルスも絶対に油断してはいけない。
3体調が悪いとき無理したりさせられたりすることが感染を広げ病状を悪化させた。日本の職場の体質はマイナスにしか働かない。
4医療従事者へのケアがおろそかになってはならない。患者の命がかかっていると、自分が無理しても助けようとする。日本の看護師たちは低い賃金のまま体を張って戦っていることを忘れてはならない。
5政府が戦争遂行のため情報提供を制限し、マスコミもそれに従った。これが爆発的流行の大きな原因である。
6スペイン風邪は、世界大戦よりも多くの死者を出したが、歴史的な検証がなされなかった。データを残し、歴史的に検証できるようにしなければならない。危機脱出後、権力や利益を手に入れようとするものが増えるだろう。人類はウイルスと共生していくしかない運命にある。
7政府も民衆も、感情で理性が曇らされる。
8現在も疑心暗鬼が心底の差別意識を目覚めさせている。欧米でのアジア人差別や政治家の人間としての品性の喪失が国際的な協力を邪魔する。
9アメリカでは清掃業者がインフルエンザにかかり、町中にごみがたまった。都市の衛生状況を悪化させる。
10為政者や官僚も感染し、行政手続きが滞る。
6クリオの審判
1本当に怖いのはウイルスではなく、ウイルスに怯える人間だ。不測の事態に対するリスクへの恐怖が高まり、個別生体管理型の権威国家や自己中心主義的なナルシズム国家がモデルとなるかもしれない。世界の秩序と民主主義国家は本格的な衰退を見せていくかもしれない。
2消毒サービスが流行し、恐怖鎮静化商品の市場価値が生まれ、潔癖主義に取りつかれ、有用な細菌やウイルスの絶滅危機、体内微生物相の弱体化、免疫系等への悪影響に晒されるかもしれない。
3 消毒文化の弊害や、あるウイルスを体内に共生させ他の病原菌から守る可能性の喪失、さらに、潔癖主義が人種主義と結びつき、ナチスの事例のようになると厄介である。
4世界史では一度も危機の反省から未来への指針を生み出したことがない。今回こそ指針を探ることはできないか。
5うがい、手洗い、歯磨き、洗顔、換気、入浴、食事、清掃、睡眠という日常の習慣を奪ってはいけない。戦争がこの習慣を奪ってきた。仕事が忙しくても、基本的な予防を実践することを上司が止めず、自ら進んでやること。
6組織内、家庭内の暴力や理不尽な命令に対し、異議申し立てをすることを自粛しない。
7災害や感染で簡単に中止や延期ができないイベントに国家が精魂を費やすことは、税金と時間の大きな損失となる。基本的な精神に立ち戻り、シンプルな運営に戻ること。
8経済のグローバル化の陰で戦争のような生活を送ってきた弱い立場に追いやられた人に、新型肺炎の飛沫感染がどんな意味を持つかを考える。この危機は、生活がいつも危機にある人にとっては日常である。新型コロナウイルスがこれらの人々に甚大で長期的な影響を及ぼすことが予測できる。
9立場にあるにもかかわらず、情報を抑制したり、的確に伝えなかったりする人たちに異議申し立てをやめない。情報の制限が一人の命を消すこともある。コロナウイルスに関する記事を無料にするのはメディアの社会的責任である。
10日本はパンデミック後も生き残るに値する国家なのかどうか、歴史の女神クリオに試されている。いかに、人間価値の根切と切り捨てに抗うかである。いかに、魔女狩りや弱い者への攻撃をする野蛮に打ち勝つかである。
11武漢で封鎖の日々を綴り公開した作家、方方は基準はただ一つ、弱者に対する態度であると喝破した。
12危機の時代は、隠されてきた人間の卑しさと日常の危機を顕在化させる。「しっぽ」の切り捨てと責任の押し付けでウイルスを「制圧」したと奢る国家は、パンデミック後の世界では、恥ずかしさのあまり崩れ落ちていくだろう。
考えたこと
私自身、新型コロナウイルスに対して、どんな姿勢を保つのか、どう向き合うのか、まったくわかっていませんでした。
毎日、あふれくる情報に翻弄され、疲弊していたといってもいいでしょう。
仕事は、休校措置による出先の見えない状態が、延々と続いています。
専門家の科学的な統計すら、信用が揺らぐことがあります。
マスコミ報道の、コロナウイルスに関する脅威度も、二転三転し、それに接して一喜一憂する日々が続いています。
多くの人が恐怖と不安の中で生活しているのは間違いない。
そんな中で、めぐりあったこの「パンデミックを生きる指針―歴史研究のアプローチ」は、文字通りの「生きる指針」を与えてくれたように思えました。
人類は何度も同じような経験をしてきているが、そこからの教訓を生かせていないことは、地震や大津波の例を思い出すと、その通りだとわかります。
では、どうするか。
著者の言うように、私たちは歴史に学ぶことができます。
専門的な医学や統計学はわからない、まったくの文系人間である私でも、歴史から学ぶことは、むしろ得意です。読書し、思索するのは、文系の基本的な能力ですから。
「生きる指針」とは、ある意味「哲学」のことです。
このパンデミックに立ち向かう、哲学の言説をまだ見ていなかった私には、この「パンデミックを~」は、コロナに対峙する自分の哲学的立場(生きる指針)を目覚めさせてくれました。
ちょっと大げさな表現になりましたが、この「パンデミックを生きる指針」を読んで、多くの人が、思索し、コロナに対する精神の支柱を得られることを期待します。