長編小説で読了が難しい作品と言えば、「失われた時を求めて」ですが、我が国の傑作古典「源氏物語」も読了が難しいです。
長年、国語教師をしていますが、何度も読了に挑戦したものの、できませんでした。
そこで考えたのが、現代語訳ならいけるのではないかと言うことです。
今、話題の角田光代訳を購入し、読み始めてみると、これがすらすら読めてしまうのです。
源氏物語 上 角田光代訳 河出書房新社
そこで、持っている与謝野晶子訳と谷崎潤一郎訳との比較をしてみました。
選んだのは「夕顔」の廃院の怪奇場面です。
みなさんも読み比べてみてください。
角田光代訳
日が暮れてしばらくたった頃である。うとうととまどろむ光君の枕元に、うつくしい女が座っている。
「こんなにもあなたをお慕いしている私には思いもかけてくださらないのに、こんななんということのない女をここに連れこんでかわいがっていらっしゃるなんて……。あんまりです」と言い、女は、光君のそばに寝ている女を掻き起こそうとする。何かに襲われるような気が しては っと目を覚ますと、灯も消えていた。光君はぞっとして、太刀を引き抜いて魔除けのために枕元に置き、右近を起こす。右近もおそろしく思っていたようで、すぐに近くに来た。
「渡殿にいる宿直の男を起こして、紙燭をつけて持ってくるよう言ってくれ」と光君は言うが「こんなに暗いなか、とても行けません」と答える。
「子どもっぽいことを言うね」と光君は笑い、手を叩く。その音がこだまになって奥から不気味に返ってくる。
与謝野晶子訳
十時過ぎに少し寝入った源氏は枕の所に美しい女がすわっているのを見た。
「私がどんなにあなたを愛しているかしれないのに、私を愛さないで、こんな平凡な人をつれていらっしって愛撫なさるのはあまりにひどい。恨めしい方」
と言って横にいる女に手をかけて起こそうとする。こんな光景を見た。苦しい襲われた気持ちになって、すぐ起きると、その時に灯が消えた。不気味なので、太刀を引き抜いて枕もとに置いて、それから右近を起こした。右近も恐ろしくてならぬというふうで近くへ出て来た。
「渡殿にいる宿直の人を起こして、蝋燭をつけて来るように言うがいい」
「どうしてそんな所へまで参れるものでございますか、暗うて」
「子供らしいじゃないか」
笑って源氏が手をたたくとそれが反響になった。限りない気味悪さである。
谷崎潤一郎訳
宵が過ぎた頃しばらくとろとろとなさいますと、おん枕上にたいそう美しい女がすわっていて、「めでたいお方よと存じ上げて、こんなにお慕い申している私を構って下さらないで、何の見どころもないこのような人をお連れなされて、御寵愛なさるとは、口惜しくも腹立たしゅう」と言いながら、お側の女君を揺り起そうとすると御覧になります。ものにおそわれた心地がして、驚いて眼をおさましになりますと、燈火も消えています。何だか厭な気持がなさるので、太刀を引き抜いてお置きなされて、右近をお起しになります。と、これも怯えているらしい様子で、寄り添って来ます。「渡殿にいる宿直人を起して 紙燭をつけて参れと申せ」と仰せになりますと、「どうして参れましょう、こんなに暗うございますのに」と言いますので、「何だ、子供らしい」とお笑いなされて、手をお叩きになりますと、山彦の答える声が、たいそう無気味に響きます。
一太郎の文書校正の読みやすさで調べてみました。
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角田光代 |
与謝野晶子 |
谷崎潤一郎 |
総文字数 |
369文字 |
336文字 |
387文字 |
文数 |
10文 |
13文 |
5文 |
段落数 |
4段落 |
7段落 |
1段落 |
平均文長 |
37文字 |
26文字 |
77文字 |
平均句読点間隔 |
17文字 |
15文字 |
14文字 |
文字使用率 漢字 |
23% |
27% |
25% |
文字使用率 カタカナ |
0% |
0% |
0% |
角田さんの訳の数値は、ちょうど与謝野晶子と谷崎潤一郎の中間くらいの結果になりました。
与謝野晶子は現代的、谷崎潤一郎は古典的な特徴があります。
角田さんの訳も与謝野晶子と同じように敬語を使っていません。その文、すんなりと読めます。
谷崎は、わざと古文に寄せているので、敬語も使っているし、一文が長いですね。それが持ち味です。
どれが読みやすいかは個人の好みがありますが、高校生に勧めるなら、角田光代訳です。
みなさんも角田光代訳で源氏物語の読了に挑戦してみませんか?