京都大学 前期 国語 文系 第一問
「現代社会に生きること」中井久夫
都市化が人の心理に与える影響について考察した文章
読解に苦労することはないが、設問が難しい
以下に問題とその解法、感想、模範解答を掲載します

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問題の解き方
問一
・「かわいらしいもの」とは何を指すのかが難しい
直前の「われわれの観念にある『都市』は文明の利器に囲まれた文化的な生活であり、洗練した趣味であり、そうして地縁的な、また血縁的なさまざまのクビキからおのれを解放し、一人の人間として生きるチャンスを求めうる場」が都市に住むメリットについて説明された箇所です。
「あそこへゆけば、ないものはない」「あそこへゆけば、チャンスが待っている」「美しい恋人にめぐりあえるかも知れない」等々は都市の魅力を享受する人々の具体的な認識を「かわいらしいもの」としたものです。
「かわいらしい」とは一種、揶揄するニュアンスがあるので、人々のそういった理解を不十分なものと見なしていることが読み取れます。
・これらを踏まえて解答欄2行に収まる字数でまとめます。
問二
自然を「疎外」―「自然は外に放り出され、コンクリートの立体的な、機械の内部のような街」
自然から「疎外」された生活―「いつも大地は身近にあり、水は、雲は、微風は、身近にあった。植物や動物たちは身近にあった。自然がわれわれを包んでいた」とあるので、その対極が疎外された生活
・これらから、無機質な空間で、自然から離れ、自然を感じることなく生活すること
問三
「大地の感覚」を説明した部分を探す
・「それらのものの与える『大地の感覚』はわれわれの精神を正常に保つ」
・「大地を踏みしめて生きることと、みずからの正常さに対するゆるぎない信頼」
これらから、自然の中で自然と関わって生きることで、われわれは精神の正常さを得ている。自然に深く影響されているということ
問四
都市生活における他の人間との関係
大都市(東京)―「職場、それと家庭をつなぐ交通機関、夫婦中心の家庭、少数の友人、それからいくつかのゆきつけの店、好みにかなったレクリエーションの行き先。それだけ、そうしてそれだけしかもたないことは、大変すっきりした人生を約束しているかにみえる」
地方都市(京都)―「乗客のあいだに何か交感がある。赤の他人のはずなのに感情の交流がある。石ころと違ったものとして、触れ合っている」
・「東京では、そうじゃない。電車の方も石ころを運んでいるつもり、こちらの方も、運ばれているあいだは、死んだも同然。『存在すること』を止めている」
・「ゆきずりの他人すら、大きな力をひとに及ぼしているのだ」
・「石の表情をした人たちに囲まれ、職場に運ばれ、家庭に戻るあいだ『人間の壁』に囲まれていると感じるとき、その影響するところ、みずからも『心の表情』を失ってゆきがちなのは、大いにありうることである」
・「ゆきずりの人間からの疎外感も、徐々ではあるが、大きな影響を与えるものといわねばならないだろう」
これらから、
・都市化による自然の疎外は、人間の「大地の感覚」を失わせる
・都市の他の人間の無表情からも大いに影響を受け、「心の表情」を失う
といったデメリットについてまとめる
河合塾と駿台の模範解答です

河合塾

駿台
感想
・特に問四が難解です。
・「大地の感覚」の喪失の説明がややわかりにくい。
・他の人間の表情が心に大いに影響を与えることの具体例が京都での体験談で示されているが、少しわかりづらい。
・筆者によると京都は地方都市であり、都市化の東京と対比される存在としている点を読み取る。
・現在の京都(中心街)は外国人観光客があふれ、このエピソードのような「交感」「交流」が感じられるとは思えません。
・出典の出版が1964年とあり、60年以上前の京都なら、あり得たことでしょう。
・京都大学がこの文章を出題したねらいを考えると、東京と違って京都にはまだ人間らしさが残っていると示したかったのか、あるいは、現在の京都でもすでに失われてしまっており、失われたがゆえの理想として『他者とのあたかいふれあい』を大事にしたいと言いたいのか、どちらでしょうか。
・一方で京都には、「お茶漬けでも」で知られる本心とは異なる高度なコミュニケーションの文化があると言われています。京都は都だった歴史が長いので、ある意味『都市化』の先駆の存在ともいえます。