失われた時を求めて Ⅰ 第一篇 スワン家の方へ その19
148段 サディズムについて、ヴァントゥイユ嬢をのぞき見する
149段 喪服姿のヴァントゥイユ嬢、晩年のヴァントゥイユ氏に対する母の思い
150段 ヴァントゥイユ氏の肖像写真と女友達
151段、152段、153段 二人のやりとり
154段、155段 道徳と背徳の二面性
156段 二人のからみ、父の肖像写真
157段 冒涜の儀式
158段、159段 快楽の魅力
160段 窓を閉めるヴァントゥイユ嬢
161段 サディストとしてのヴァントゥイユ嬢、快楽を悪と同一視するようになった
・嬢の心理分析がつかみにくい
感想
さて、お待たせしました。第1巻の山場、濡れ場?の登場です。
同性愛がいきなり出てきます。小説を求める読者としては興味深いですね。
ところが、翻訳が原因か、のぼせた私の頭が原因か、読んでもさっぱりわからない部分があるのです。
以下引用 p350(集英社版)
もし彼女が自分にもまたすべての人のうちにも、他人の惹き起こす苦悩に対するあの無関心があること、どんな別の名称を与えようとも、この無関心は残酷さの持つおそろしくまた恒久的な形態であることを見抜いていたならば、おそらく彼女は悪がこんなに稀で異常で見慣れない状態だとは思わなかっただろうし、悪の国に移住することをこれほど心安まるもののように考えはしなかったことだろう。
やれやれ、これで一文です。
いわゆる反実仮想です。もしAならばBだったろうに(現実はAではなくBでない)
この形に当てはめて読解すると、
もし〜見抜いていたなら→実際は彼女には他人に対して無関心があり、無関心が残忍さの形態と見抜けていない
おそらく〜考えはしなかったことだろう→悪は稀で異常で見慣れないことと思うし、悪にそまることを心安まるものと考えた
となります。
すなわち、嬢にとって、そんな悪をするのは快楽!となる
嬢のサディズムとはこんな感じ。淋しかったのか・・・

