bluesoyaji’s blog

定年後の趣味、大学入試問題の分析、国語の勉強方法、化石採集、鉱物採集、文学、読書、音楽など。高校生や受験生のみなさん、シニア世代で趣味をお探しのみなさんのお役に立てばうれしいです。

連載を始めました。「邦裕の孤愁くにひろのこしゅう」第3話 健人と彼女 

 健人には優奈と言うかわいい彼女がいる。健人と同じようにモデルをやりながら、お芝居の勉強をしている。女優の卵といえばいいのか、しかし、少しも気取ったところがなくて、邦裕とも気さくに話しをする感じのよい子だ。健人とは、モデルの仕事を通じて知り合い、付き合って一年になる。時々、健人が週末に連れてくる。

 健人の帰りが早いときは、三人で一緒にご飯を食べにいったり、家でご飯を作って食べたりする。

 朱莉が来てから初めて優奈を連れてきた時は、だいぶ遅い時間だったので、すぐに健人の部屋に入ってしまった。

 邦裕は優奈が泊まりにくる夜は、リビングでしばらく過ごすことにしている。その日もソファで本を読んでいると、朱莉が降りてきて、「まだ起きてるの?」と不思議そうに尋ねた。

「ああ、ちょっとね」

「こんな所でいるより、部屋で読んだらいいのに」

「暗いでしょ、ここの灯り」

そう言って向かいに座る。スウェットの上下を着て、すでに睡眠態勢だ。

 邦裕は、いたずらな気持ちを起こしてしまった。

 声を小さくして、朱莉の耳に少し顔を近づけて、

「部屋にいるとよく聞こえる」

「えっ、何が?怖いものでも出るの?」

急に心配そうな顔で邦裕を見つめる。

「怖いと言えなくもないな」

勿体ぶっていると、

「何よ、教えて」

少し怯えた顔を近づける。

「声が洩れてくる」

「洩れるって」しばらく邦裕を見つめる。

そして、硬い表情になって、

「もしかして、二人?」

「そう。丸聞こえ。部屋、壁一枚やろ。だから、あれが始まると、リビングにそっと避難することにしてる」

「初めて聞いた時はびっくりした」

「興奮して寝付けへんかった」

邦裕がそういうと、朱莉は急に真顔になって、

「確かめよう」と言って、邦裕の腕を突いた。

「そっと入ればわからない?」

「おれの部屋に入る気?」

「夜中に男子の部屋に入るなんて、危険や」

「馬鹿なことしないでしょ、早く」

 仕方なく、音を立てないように、自分の部屋のドアを注意深く開けた。後ろからついて来ている朱莉に目で合図する。

 ドキドキしながら部屋に二人で入ると、朱莉は早速、健人との部屋の壁に耳を近づける。この時、邦裕は女子にも男子と同じように、セックスに関する強い関心があることを確認した。

 隣からは濃厚な気配と物音が、リズミカルな喘ぎ声とともに聞こえてくる。

興味津々の顔で聞き耳を立てる朱莉。邦裕は複雑な心境になった。目の前に、パジャマ姿の女子がいて、隣からは興奮した声が漏れてくる。ここは理性を強く持って、衝動を抑えつけるのみだ。

 そんなことを思っている間も、朱莉は隣の音に意識を集中している。

 今日の健人たちはいつも以上に長いな、そんなことを思っていると、激しい泣き声がした後、低く大きな呻き声がしたので、流石に邦裕もびっくりしてしまった。

 朱莉は驚きの顔を邦裕に向けて、声を出さずに「だいじょうぶなの?」と言ったのが口の形で判読できた。黙って頷いて、ドアの方を指さして、「リビングへ行こう」と邦裕も声を出さずに大きく口を動かして伝えた。

 リビングに二人で戻ると、朱莉は「ふーっ」と大きなため息をついた。顔が赤く上気している。

「スゴイ、わね」

スゴイを一音ずつ区切って発音する。

「あれをたびたび聞かされる俺の辛さ、わかるでしょ」

「愛し合うのって、大変ね」

「ちょっと意味違うと思うけど」

邦裕が注意すると、朱莉は正気を取り戻したようで、

「私には無理」と言った。そして「いつもあんな声聞こえてくるの?」と聞いてきた。

「いつもじゃないけど、今日は格別に」

「健人くんの彼女って、いくつ」

「俺らと一緒」

「ずいぶん大人ね、二人とも」

そう言って、邦裕の顔をチラッと見て、

「変なことしたら警察呼ぶから」

「それくらいの理性はありますよ」

邦裕は、ちょっとムッとした。

 

 翌朝、邦裕と朱莉がリビングで朝食を食べていると、優奈がシャワーを終えて、健人とリビングに入ってきた。

「紹介するわ、優奈。こちらは、朱莉。四月から一緒に住んでる」

「初めまして、佐藤優奈です。健人がいつもお世話になっています」

 邦裕は昨日の声の一件が頭にあるので、優奈の顔をまともに見ることができない。

朱莉は、むしろ目を輝かせて、

「こちらこそ、よろしくお願いします。高島朱莉です」と挨拶して、邦裕の横に腰を下ろした。

健人と並んで腰掛けた優奈に、

「昨夜は遅かったの?」と尋ねた。

邦裕は、横から朱莉の太ももを足で突いた。

笑顔を邦裕に向けた朱莉は目で、「何するのよ」と非難する。

「昨夜は仕事で遅かったんでしょ」と邦裕がフォローをする。

「仕事が長引いて、来るのが遅くなって、挨拶できなくてごめんなさいね」

「気を使わなくても、いいよ」

邦裕がそう言うと、

「いつからお付き合いしてるんですか?」と朱莉が聞く。

  今度は朱莉の太ももを思い切りつねった。

急にこちらに顔を向けて、笑顔のまま「邪魔するな」と目で言っている。

邦裕は目で「聞くな」と合図した。

朱莉は渋々、お茶入れて来ると言って立った。

 

 健人と優奈が出かけたあと、リビングで朱莉と話した。

「あんな話題を振ったらだめでしょ」邦裕がそう嗜めると、

「だって、気になるもん。どんなふうに付き合ってるのか」

「たんに羨ましいだけじゃない?」

「わたしが?そう見えた?」

「張り合おうとしてるんじゃない?」

「ええ?どう言うこと?」

「健人みたいな恋人がいて、週末には愛し合って、楽しそうにしてるから」

「そんなつもりはないんだけど、そう見えたのね」

「朱莉は美人だし、男なんていくらでも近寄ってくると思う」

「でも、今まで付き合ったことないもん」

「それは

 邦裕は、それは気が強い性格のせいだとは言えなかった。

「朱莉さえよければ、いつでもお付き合いするよ」

「無理やわ。そんな目で見られへんから」

「そうはっきり言われると、応えるなあ。で、恋人ができたらできたで、色々あるんやから」

「まるで恋人がいたような口ぶりね」

「そら、ないけど。健人のところもあれで、大変なことも」つい口をすべらせた。

「何かあるの?教えてよ」

身を乗り出してくる。

「ここだけの話やで。優奈さんの嫉妬がすごい」

「健人はモテるから、心配なんやろな」もっと聞きたそうだ。

「健人も人がいいから、近寄ってくる子には優しくしてしまう。それで喧嘩になるみたいやな」

「優奈は、朱莉のことを気にしたはずや」

「そんなものかな」そう言って、朱莉は首をかしげた。

「朱莉は大学行ったら、キャンパスクィーンとかに選ばれると思う。男選び放題やろうな」

「そうだといいけど」

 

「風呂入ってくるわ」

風呂は朱莉が一番に入ることになっている。

「ムカデが出ても助けへんから」

「そんなこと言われたら怖くなるでしょ。また出たら助けにきてね」そう言って、わざと困ったような表情をつくる。あざといなと邦裕は思いながら、

「今度助けを呼ぶときはバスタオル巻いとけよ。俺はムカデよりも朱莉の方が怖いわ」

「ふふっ」と笑いを漏らして風呂に行った。