bluesoyaji’s blog

大学入試問題の分析、国語の勉強方法、受験勉強、化石採集、鉱物採集、文学、読書、音楽など。高校生や受験生のみなさん、シニア世代で趣味をお探しのみなさんのお役に立てばうれしいです。

タブレットを導入した授業のために 高校国語 現代文の授業で試してみた方法です 「富嶽百景」太宰治

来年(2022年度)の高校一年生からは、全員タブレットを使うことになっています。

私が今年の四月から担当している一年生は、全員タブレットを導入しています。

 

授業でタブレットを活用するために、授業用シートを作りました。

教材は、国語総合の現代文、小説教材の「富嶽百景」太宰治です。

教科書は数研出版を使っています。

 

予習用に、穴埋めをする授業シートを作り、グーグルクラスルームで配信しておきます。

原稿は一太郎で作り、Pdfファイルに変換します。

(その際に矢印が変な方向に変わってしまいます。修正方法がわからないので、そのまま載せています。)

 

括弧の中には、おもに登場人物の心情がわかる語句を抜き出すようにしています。

小説の読解では、心情の把握が重要なので、筋を追うよりも心情に注目させます。

 

問いのシートと解答シートを用意して、教室では黒板に貼り付けた白いマグネットシートにプロジェクターでシートを投影します。

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富嶽百景問いシート

問いのシートで本文の読みを進めながら、解答を生徒にあてていきます。

解答シートに切り替えて、確認をします。

この時、生徒にはタブレットのカメラで解答を写してもよいと言ってあります。

ノートを取る手間と時間の短縮のためです。

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富嶽百景解答シート

 

こちらも板書する時間を省けるため、授業をテンポよく、進めることができます。

 

マスクをしているため、生徒の発言が聞き取りにくいことが多くなっています。

生徒の発言を何度も聞き直すのもよくないし、授業の流れも滞るので、あまりあてないで授業を進めるようになりました。

 

その分、授業シートの配信で、予習をしておき、授業ではそれを確認するという流れになってきています。

 

ちなみに、私はヘッドセットのマイクを着用し、小型アンプで音声を拡大しています。マスク着用のため、大声を出さないと生徒に届かないのでは、感染防止の観点から本末転倒ですから。

 

コロナは授業の進め方にも影響しています。

 

問題点

 

私は自分のノートパソコンを持参して、教室に備え付けのプロジェクターにHDMIケーブルで接続しています。

校内のWi-Fi回線には繋がっていないので、その場でグーグルクラスルームを使いたい時は、さらに学校のタブレットを借りて持参します。

 

パソコンとタブレットの二台を設置する時間が結構かかります。前の授業が終わって休憩時間になるとすぐに、教室に行って設置の準備を始めます。

授業が続いてある時は設置と撤収が大変です。

教室にパソコンが設置されていて、常時使えるような体制があれば、もう少し楽になるかもしれません。

 

回線の遅さが…

 

来年からの全国一斉のタブレット使用ですが、学校の回線(県教委)が遅ければ、授業で使うのは厳しいでしょう。

今でも同時に複数クラスがタブレットを使ってWi-Fi回線につないでいると、ほとんど動きません。

新しい機器を導入して教育改革を進めるなら、回線などの整備にもお金を使って欲しいですね。

富嶽百景段落要旨問い.pdf - Google ドライブ

富嶽百景段落要旨解答.pdf - Google ドライブ

映画「サマー・オブ・ソウル」を観て思ったこと

サマー・オブ・ソウル

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往年のソウルミュージックのファンとしては、観ておかないといけない映画だと思い、コロナで観に行くのを自粛していた映画館に、二年ぶりに足を運びました。

 

感想を先にまとめると、音楽映画としては、やや物足りなく80点、ドキュメンタリーとしては、とてもよくできていて満点、というのが結論です。

 

個人的に注目したのは、若いころよく聴いていた、デビット・ラフィン(テンプテーションズ)、グラディスナイト&ザ・ピップス、B・B・キングの三人。

 

この三人のライブシーンは鳥肌が立ちました。なんといっても、プロフェッショナルを感じさせるパフォーマンスがすごい。

デビット・ラッフィンは驚くほど長身で、スリム。ファルセットが魅力的。

グラディスナイトは、初々しさが残る?ルックスがキュート。ピップスのソウルフルなダンスが最高にカッコいい。

B・B・キングは、画面に出てくるだけで、圧倒的な存在感がありました。完璧な歌声とギター演奏。もっと観たかった。

 

この映画では、ゴスペルに焦点が当てられているように感じました。

ゴスペルの比重が高く、出演者や演奏シーンも多かったです。

ステイプル・シンガーズのメイヴィス・ステイプルズが、なぜブルースを弾くのかと疑問を話すシーンがあり、興味深かったです。

ゴスペルは、ブルースを世俗的な音楽として、敵視していたことがあったそうで、それを裏付ける証言としておもしろかったです。

 

ドキュメンタリーとしての視点でいえば、黒人の公民権運動に教会の果たした役割は非常に大きかったため、教会音楽としてのゴスペルをこの映画で取り上げる比重が大きくなったのかもしれません。

 

ニーナ・シモンとスライ&ザ・ファミリー・ストーンが後半で大きく取り上げられていました。

メッセージ性の強いパフォーマンスを披露していて、ドキュメンタリーとしてのまとめに大きく貢献しているように思いました。

個人的には、両者の音楽を今まで聴いてこなかったので、映画の最後に盛り上がるという感動は起きませんでした。

 

6回にわたるフェスティバルということで、この映画に取り上げられなかったミュージシャンが他にもたくさんいたと思います。

1969年当時の黒人音楽シーンを記録し、後世に伝えるという意味で、映画に登場しなかったミュージシャンの映像も、何らかの形で公開、保存されることを期待します。

コロナ禍のモヤモヤが少しは晴れました。最悪の予感 パンデミックとの戦い 早川書房 読了しました

 ツイッターやテレビで流れてくる、コロナ禍のニュースを聞いていると、なぜこんなことができないのかとか、対応が遅すぎとか、フラストレーションがたまりっぱなしになります。

 

そこで、アメリカはこのコロナのパンデミックにどう対応したのかを描いたこの本を読んでみました。

 

日本と同じで、アメリカも連邦政府や州政府が、コロナに対して、対応を誤っていたことがよくわかりました。

アメリカには、CDC と呼ばれる組織があります。以下、ウィキペディアから引用

CDCは1946年に創設され、アメリカ国内・国外を問わず人々の健康と安全の保護を主導する立場にあるアメリカ合衆国連邦政府の機関である。健康に関する信頼できる情報の提供と、健康の増進が主目的である。結核など脅威となる疾病には国内外を問わず駆けつけ、調査・対策を講じる上で主導的な役割を果たしている[4]

本センターより勧告される文書は非常に多くの文献やデータの収集結果を元に作成・発表されるため、世界共通ルール(世界標準)と見なされるほどの影響力を持ち、実際に日本・イギリスなどでも参照・活用されている。

私はこの本を読むまで、 CDCは世界最強の感染対策ができる組織だと思っていましたが、全くそうではなかったことがわかりました。

官僚主義、硬直化した組織、非常時に全く対応できない組織。読んでいると、ため息が出ます。日本の役所と一緒じゃないか……

 

本では、政府の中枢には属さない、科学者や専門家の活躍が紹介されています。どうパンデミックに向き合ってきたのか、その姿は、非常に示唆に富んでいます。登場人物が多いため、やや混乱しましたが、彼等の勇気や献身が、社会を支えているのだと確信しました。

 

現場で積み上げてきた知識や、体験を活かし、あるいはたぐいまれな発想で、パンデミックに対応する。彼等の活躍ぶりを読むと、痛快な気分になりました。日本にもこんな人がいて欲しい。

日本でも、マスコミで取り上げられる専門家、医師は多いですが、大きな違いを感じます。

 

アメリカは、コロナウィルスによる感染者数や死者の数で見ると、とてもパンデミックとの戦いに勝利したとは言えないでしょう。しかし、日本も今後の感染状況によっては、厳しい結果になるのではと危惧します。

 

この本を読んで、アメリカも日本と同じで、政府やCDCなどの専門機関が全く機能していなかったことがわかりました。

日本だけじゃなかったのか……これが一番印象に残りました。

 

「失われた時を求めて」の翻訳比べをしました。どの訳が読みやすいか検証してみました。第1巻スワン家のほうへ

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光文社古典新訳文庫

高遠弘美訳

そして、私の思考も、そんな椅子に似た揺籃のようなものではなかったか?外界で生起することを眺める場合でも、私はその中にどっぷりと身を沈めているー私はそう感じた。外界の事物を見ているとき、自分がそれを見ているという意識が私と事物の間に残って、事物そのものを精神の薄い縁飾りで囲んでしまうので、私は事物を構成する素材に直接触れることができなくなる。私が接触する前に、その素材はいわば気化してしまうのだ。濡れた物体に赤熱した物体を近づけても、濡れた部分には直接触れることができないのと同じことだ。間に蒸気の層ができるからである。本を読んでいる間、同時に、私の意識によって広がってゆくー自分自身の最も深い部分に隠された望みから、庭のはずれの、目が届く範囲内で視界に入ってくる外的な光景にいたるまでのーさまざまな状態が織りなす多彩な一種のスクリーンのなかで、もっとも親しいものとして最初から私のなかにあるもの、ドアのノブがドア全体を支配するように、いつも活動しながら残りのすべてを統率しているものは、どんな本であれ、いま読み進めている本が持つ哲学的な豊かさや美しさに対する確信であり、それらを自分のものにしたいという欲求であった。私がその本をコンブレーの、家からは遠すぎて、フランソワーズとしてはカミュの店のようには利用できなかったが、文房具屋や本屋としては食料品屋以上に流行っていたボランジュ食料品店の店先で、両開きのドアにモザイクのように飾られた仮綴じ本や分冊本(それがドアを大聖堂の扉よりずっと神秘的で多くの思想に満ちたものにしていた)に混じって紐で結ばれているのに気がついて買ったのだとしても、それは、先生か、当時の私には、真理と美の秘密を握っていると思われたある友達から、注目すべき本だと言われていたからであって、まだ半ばしか予感できず、半ばは理解できないままのそうした真理や美を知ることこそが、漠然としてはいるが、変わることのない私の思考の目的だったのである。

 

集英社文庫

鈴木道彦訳

そのうえ思考もまた一つの避難所のようなものではなかったろうか?私は外で起こっていることを眺める場合でも、自分がその避難所の奥に深くもぐりこんでいるのを感じていた。外部にある対象を眺めるとき、それを見ているという意識が私と対象のあいだに残っていて、その対象を薄い精神的な縁でかがってしまい、そのためにどうしても私には直接その物質にふれることができなかった。いわばそれは、私がその物質に接触する前に蒸発してしまう。ちょうど濡れた物体に赤熱した物体を近づけても、いつもまず蒸発した気体の膜が先行するために、湿気にはふれ得ないようなものだ。ところで本を読んでいるときの意識は、私自身の内部の最も深いところに隠されている渇望から、目の前の庭のはずれで視界を限られたおよそ外的なものの姿にいたるまで、さまざまな状態を同時にくり広げるのであるが、その状態によって彩られる一種のスクリーンのなかでまず私にとって最も親密なもの、常に活動しながら残りのすべてを支配するハンドルのようなものは、読んでいる本の哲学的な豊かさと美しさとに対する信頼であり、またそれがどんな本であれ、その哲学的な豊かさとその本の美しさとわが物にしようとする願いであった。なるほど私はその本を、コンブレーのボランジュ食料雑貨店の店先で見つけて買ったのかもしれない。この店は家から遠すぎるので、フランソワーズもカミュの店のようにそこまで買いに行くわけにはゆかなかったが、しかし文房具屋や本屋としてもなかなか繁盛している店で、その両開きのドアは、仮綴じ本や分冊本のモザイクに飾られて、大聖堂の入り口よりもいっそう神秘的でいっそう多くの思想がちりばめられているように見えた。たとえこうしたモザイクのなかにこの本が紐でゆわえてあるのを見つけて買ったのだとしても、これに気づいたのは先生や友人が素晴らしい作品だと言っていたからで、そのころの私には、この先生や友人こそ真理と美の秘密を保持しているように見え、私の思考は、なかば予感しながらなかば理解不可能に見えるこの真理と美の秘密を知ることを、ぼんやりとではあるが永遠の目的としていたのである。

 

岩波文庫

吉川一義訳

といっても私の思考こそ、もうひとつの隠れ家と言えるのではないか。私は、その隠れ家の奥にもぐりこんで外のできごとを眺めている気がする。自分の外にある対象を見つめるとき、それを見ているという意識が私と対象のあいだに残り、それが対象に薄い精神の縁飾りをかぶせるため、決して対象の素材にじかに触れることができない。その素材は、いわば触れる前に蒸発してしまうのだ。灼熱した物体を湿った対象に近づけると、その手前に必ず気化ゾーンが生じ、対象の湿り気そのものに触れることができないのと同じである。本を読んでいるあいだ、私の意識がつくる玉虫色のスクリーンには、心の奥底に深く秘めた希求から、庭の向こうの地平線上に見える完全に外的な光景にいたるまで、じつに多様な状態が映し出されていた。まず私のうちに存在したもっとも内密なもの、把手のようにたえず活動して残余のすべてを統御していたささやかなものは、読んでいる本の哲学的豊穣さ、美点にたいする信頼であり、それをわがものとしたいという欲求であり、それはどんな本であろうと変わらなかった。その本は、私がコンブレーのボランジュ食品店の店先で見かけて買い込んだもので、家から遠すぎてカミュの店のようにフランソワーズが買い出しに行けないが文房具と本の品揃えは優れているその店の大聖堂の扉よりはるかに神秘的でさまざまな思索をちりばめた観音開きの両の扉に、モザイク状に並べたパンフレットや雑誌類にまじって紐で結わえつけられていた束のなかにあり、注目すべき本として教師か仲間に推奨されていたのを思い出したのである。推奨してくれた人は、当時の私には真実と美の秘密を掌握している人に思われ、真実と美のなかば予感され、なかば理解不能なところを認識するのが、漠然としているとはいえ永久に変わることのない私の思索の目的と思えたのである。

 

失われた時を求めて 第1巻スワン家のほうへ

 

読書について語る場面です。

内容を箇条書きすると、

自分の思考についてとその比喩

読書中の意識

本を買った店と理由

 

ワープロソフト一太郎の読みやすさを使って調べてみました。

            高遠訳      鈴木訳      吉川訳

総文字数        830文字    893文字    770文字

文数          7文       8文       9文

段落数         1段落      1段落      1段落

平均文長        119文字    112文字    86文字

平均句読点間隔     21文字     25文字     22文字

文字使用数 漢字    30%      26%      30%

      カタカナ  5%       5%       5%

 

吉川訳の総文字数の少なさが目立ちます。多い鈴木訳に対して86%です。

また、平均文長も短く、長い高遠訳に対して72%です。

省エネ?な読書には、吉川訳がおすすめかもしれません。

 

では、実際に読んでみたときのわかりやすさを考えてみます。

*あくまで個人の感想です。

 

高遠訳は、後ろの2文が異様に長く、わかりにくかったです。今回、取り上げた部分の三分の二くらいを2文が占めています。

また、ハイフンや括弧付きの挿入句があって、文の流れが切れるので読みづらく感じました。英語の直訳文を連想しました。

 

鈴木訳は、指示語が多く丁寧な印象があります。

 

吉川訳は、文数が多く、平均文長が短いので、簡潔で読みやすく感じました。

 

「失われた時を求めて」を早く読了するためには吉川訳、原文のニュアンス(?)を味わいながら読むには高遠訳、丁寧な言葉遣いには鈴木訳と言ったところでしょうか。

 

さて、私は、鈴木訳は全巻購入済み、高遠訳も電子書籍で6巻「ゲルマントのほうⅡ」まで購入済みでした。

吉川訳は2巻までしか買っていません。

生きている間に「失われた時を求めて」を読了するという目標のためには、岩波文庫の吉川訳を買い足そうか、悩ましい結論となりました。

初めてのDTM GarageBandで簡単に曲ができる?60からの手習い 2曲目はバラード

調子に乗って、2曲目はバラードです。

パソコンのキーボードでメロディを入力するのが難しかったです。

やはり入力用に専用のキーボードが必要かもしれません。

https://soundcloud.com/tsuneji-sasaki/balladeam

soundcloud.com

初めてのDTM GarageBandで簡単に曲ができる?60からの手習い

GarageBandでループを使って簡単に作曲ができるというので、やってみました。

やり方は、ネットを検索すると、たくさんのサイトがいろいろと指南してくれています。

今回はループを使ったやり方を参考にして、リズムトラックのようなものを作ってみました。

イメージは、大好きなP-Funkです。

60過ぎたジジイでも、かっこいい曲を作ってみたい。

素人には無理、年寄りの冷や水といった声は聞かないようにして、楽しくやりましょう。

 

https://soundcloud.com/tsuneji-sasaki/funkyno1-3

 

soundcloud.com

初めてのDTM GarageBandで簡単に曲ができる?60からの手習い

GarageBandでループを使って簡単に作曲ができるというので、やってみました。

やり方は、ネットを検索すると、たくさんのサイトがいろいろと指南してくれています。

今回はループを使ったやり方を参考にして、リズムトラックのようなものを作ってみました。

イメージは、大好きなP-Funkです。

60過ぎたジジイでも、かっこいい曲を作ってみたい。

素人には無理、年寄りの冷や水といった声は聞かないようにして、楽しくやりましょう。

 

https://soundcloud.com/tsuneji-sasaki/funkyno1-3

 

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連載を始めました。「邦裕の孤愁 くにひろのこしゅう」第4話 偽装カップル誕生

 健人が優奈を連れてきた翌週の土曜日は、珍しく健人も家に居て、三人で晩御飯を食べていた。

 健人は頼みがあると言って、話を切り出した。

「優奈を連れてきたあと、優菜が朱莉に嫉妬して酷いねん。タイプやろとか、一緒に住んでたら好きになるとか色々言ってきて」

「健人のことが心配なんやろな」邦裕がそう言うと、

「お互い愛し合ってるんでしょ?」と朱莉が意味ありげに言う。

邦裕は、朱莉の太ももを膝で突いた。

ムッとした顔で見る朱莉を無視をして、健人の言葉を待つ。

「二人に頼みがある。朱莉には悪いんやけど、こいつと付き合ってることにしてくれへんかな?そうしたら優奈も安心して、あれこれ詮索しなくなると思うんや」

「付き合うって、この人と?無理やわそんなの」

「いやいや、優奈が来てる時だけ、付き合ってることにしてくれたらいいだけや」

「嫌なのに無理に付き合ってくれと言ってるのと違うで」

「嫌なのには余分ですけど」邦裕が口を挟む。

「ね、お願い。俺を助けると思って、あいつがきた時だけでいいから」

「そんなに頼まれたら、断りにくいやん」優菜は渋々返事をする。

「本当?ありがとう!助かるわ。このお礼は絶対させてもらうから」

「調子乗ったらあかんよ。手繋いだり、ボディタッチとか絶対せんといてね」

朱莉は邦裕に釘を刺した。

「するわけないでしょ。飢えた狼みたいに言わんといてほしいわ」

「俺には強固な意思と節欲があるのをわからせてやる」

「まあ、とにかく、あいつがくる時は二人はカップルということで、お願いするわ」

健人はそういうと安心した表情を浮かべた。

 

 朱莉が食器を片付けて二階の部屋に上がったあと、邦裕と健人はリビングに残り、話し込んだ。

「優奈の嫉妬もすごいけど、だんだんとあれを求めるのが激しくなって、ちょっと困ってるんや」

「あれって、優奈、そんなに絶倫なん?」

「この頃、一回や二回ではおさまらへん。何回も求められて、俺はクタクタになってしまう。底なしの性欲や」

「あんなかわいい顔して?」

「顔は関係ない。あいつには好色の傾向があるのやろな。その蓋を開けてしまったのは俺やけど」

「健人、実は最近、部屋に声が激しく漏れてくるねん」

「ほんまか。それは悪かった。あんな声聞かれたら、恥ずかしいわ」

「始まったらリビングに行って、聞かないようにしてる」

「それは知らんかった。気を使わせて悪かったな」

「あの最中って、あんな大きな声を出すもんなん?」

「あいつは特別や。みんながあんな声出すわけじゃない。とにかく、今度から気をつけるから、漏れて聞こえてたら後で言うてくれ」

「うん、わかった」

「それと朱莉に聞かれたら、やばいからな。あいつ、純情やから、きっとショックを受けると思う」

邦裕はもう手遅れだと思いながら、

「堅物だから、聞かれない方がいい」と答えておいた。

 

 翌週の週末に、優奈が泊まりにきて、持ってきたケーキを四人で食べた。

「お二人、つきあってたんやね、お似合いやわ」

優奈はケーキを食べながら、邦裕と朱莉に笑顔でそう言った。

「いつから、つきあってるの?」

「どれくらいになるかな?」と言いながら邦裕は朱莉に目で合図する。

「半年くらいかな。去年の秋くらいから」

「ヒロくんのどこが良かったの?」優奈はさらに尋ねてくる。

「うーん、見た目は好みじゃなかったけど、優しいところかな」

「ヒロくん、カッコいいやん、見た目も」優奈は優しい。

「じゃあヒロくんは?」

「この気の強いところと、ナイスな」

言いかけたところをテーブルの下で朱莉のキックが急所に当たる。

「うっ」暫し沈黙する。

「ナイスな?」

「ナイスな笑顔が」痛さを誤魔化してなんとか言えた。

「初めてのキスはどこで?」

「えーっと、風呂場で」

「風呂場で?いきなり?」

優奈が目を見開く。

「違うねん、風呂掃除をしてるときに、ムカデが出て、朱莉が悲鳴をあげて、俺が退治して、その時、朱莉が抱きついてたからつい

「ついしたの?」

「いやいや、そうじゃなくて、そのタイミングでって言うこと」

朱莉はよく言うよという顔をして聞いている。

「今度、一緒に遊びに行かない?」

「いいね、朱莉」邦裕がそう言うと、

「うんいいよ」と笑顔をつくって答えた。

 

 健人と優奈が部屋に入ると、残った朱莉は、

「わたし、ダブルデート、行かない」

「すぐに行こうって言ってるわけじゃないから、そんなに決めつけなくてもいいんじゃない?」

「そのうち、行きたくなるかもしれん」

「絶対、ないわ」

「その、白か黒かの二分は良くないよ、ほどほどに流すってやつも必要」

「なんでよ」不満そうな顔を見せる。

「朱莉は、完璧主義だから」

「自分にも厳しいけど、他人にはもっと厳しくない?特に、俺にたいして」

「あなたは言われるようなことするからでしょ」

「そう言う決めつけがなかったらなあ」

「決めつけじゃないでしょ」

「そこで、そう言う考えもあるわね、って言う余裕が欲しいな」

「心が狭くて残念ね」

「そら、またムキになる。そこが丸くなれば

「なんなのよ、言いなさいよ」

「言い寄る男が列をなすやろな」

「このままならモテないって言いたいの?」

「いやいや、誤解せんといて。今でも十分魅力的やけど、もうちょい、丸くなれば、さらに魅力が増すって言うことや」

「褒めてるのか貶してるのか分からんわ」

「貶してなんかない」

「どっちにしてもダブルデートはお断りやわ」

「まだ言うか。そんなに嫌なら、誘われたら自分で断りや」

「俺は健人を守るために賛成しただけや。それを利用して朱莉を口説こうとしてるんじゃないから」

邦裕は本当に腹が立った。

連載を始めました。「邦裕の孤愁くにひろのこしゅう」第3話 健人と彼女 

 健人には優奈と言うかわいい彼女がいる。健人と同じようにモデルをやりながら、お芝居の勉強をしている。女優の卵といえばいいのか、しかし、少しも気取ったところがなくて、邦裕とも気さくに話しをする感じのよい子だ。健人とは、モデルの仕事を通じて知り合い、付き合って一年になる。時々、健人が週末に連れてくる。

 健人の帰りが早いときは、三人で一緒にご飯を食べにいったり、家でご飯を作って食べたりする。

 朱莉が来てから初めて優奈を連れてきた時は、だいぶ遅い時間だったので、すぐに健人の部屋に入ってしまった。

 邦裕は優奈が泊まりにくる夜は、リビングでしばらく過ごすことにしている。その日もソファで本を読んでいると、朱莉が降りてきて、「まだ起きてるの?」と不思議そうに尋ねた。

「ああ、ちょっとね」

「こんな所でいるより、部屋で読んだらいいのに」

「暗いでしょ、ここの灯り」

そう言って向かいに座る。スウェットの上下を着て、すでに睡眠態勢だ。

 邦裕は、いたずらな気持ちを起こしてしまった。

 声を小さくして、朱莉の耳に少し顔を近づけて、

「部屋にいるとよく聞こえる」

「えっ、何が?怖いものでも出るの?」

急に心配そうな顔で邦裕を見つめる。

「怖いと言えなくもないな」

勿体ぶっていると、

「何よ、教えて」

少し怯えた顔を近づける。

「声が洩れてくる」

「洩れるって」しばらく邦裕を見つめる。

そして、硬い表情になって、

「もしかして、二人?」

「そう。丸聞こえ。部屋、壁一枚やろ。だから、あれが始まると、リビングにそっと避難することにしてる」

「初めて聞いた時はびっくりした」

「興奮して寝付けへんかった」

邦裕がそういうと、朱莉は急に真顔になって、

「確かめよう」と言って、邦裕の腕を突いた。

「そっと入ればわからない?」

「おれの部屋に入る気?」

「夜中に男子の部屋に入るなんて、危険や」

「馬鹿なことしないでしょ、早く」

 仕方なく、音を立てないように、自分の部屋のドアを注意深く開けた。後ろからついて来ている朱莉に目で合図する。

 ドキドキしながら部屋に二人で入ると、朱莉は早速、健人との部屋の壁に耳を近づける。この時、邦裕は女子にも男子と同じように、セックスに関する強い関心があることを確認した。

 隣からは濃厚な気配と物音が、リズミカルな喘ぎ声とともに聞こえてくる。

興味津々の顔で聞き耳を立てる朱莉。邦裕は複雑な心境になった。目の前に、パジャマ姿の女子がいて、隣からは興奮した声が漏れてくる。ここは理性を強く持って、衝動を抑えつけるのみだ。

 そんなことを思っている間も、朱莉は隣の音に意識を集中している。

 今日の健人たちはいつも以上に長いな、そんなことを思っていると、激しい泣き声がした後、低く大きな呻き声がしたので、流石に邦裕もびっくりしてしまった。

 朱莉は驚きの顔を邦裕に向けて、声を出さずに「だいじょうぶなの?」と言ったのが口の形で判読できた。黙って頷いて、ドアの方を指さして、「リビングへ行こう」と邦裕も声を出さずに大きく口を動かして伝えた。

 リビングに二人で戻ると、朱莉は「ふーっ」と大きなため息をついた。顔が赤く上気している。

「スゴイ、わね」

スゴイを一音ずつ区切って発音する。

「あれをたびたび聞かされる俺の辛さ、わかるでしょ」

「愛し合うのって、大変ね」

「ちょっと意味違うと思うけど」

邦裕が注意すると、朱莉は正気を取り戻したようで、

「私には無理」と言った。そして「いつもあんな声聞こえてくるの?」と聞いてきた。

「いつもじゃないけど、今日は格別に」

「健人くんの彼女って、いくつ」

「俺らと一緒」

「ずいぶん大人ね、二人とも」

そう言って、邦裕の顔をチラッと見て、

「変なことしたら警察呼ぶから」

「それくらいの理性はありますよ」

邦裕は、ちょっとムッとした。

 

 翌朝、邦裕と朱莉がリビングで朝食を食べていると、優奈がシャワーを終えて、健人とリビングに入ってきた。

「紹介するわ、優奈。こちらは、朱莉。四月から一緒に住んでる」

「初めまして、佐藤優奈です。健人がいつもお世話になっています」

 邦裕は昨日の声の一件が頭にあるので、優奈の顔をまともに見ることができない。

朱莉は、むしろ目を輝かせて、

「こちらこそ、よろしくお願いします。高島朱莉です」と挨拶して、邦裕の横に腰を下ろした。

健人と並んで腰掛けた優奈に、

「昨夜は遅かったの?」と尋ねた。

邦裕は、横から朱莉の太ももを足で突いた。

笑顔を邦裕に向けた朱莉は目で、「何するのよ」と非難する。

「昨夜は仕事で遅かったんでしょ」と邦裕がフォローをする。

「仕事が長引いて、来るのが遅くなって、挨拶できなくてごめんなさいね」

「気を使わなくても、いいよ」

邦裕がそう言うと、

「いつからお付き合いしてるんですか?」と朱莉が聞く。

  今度は朱莉の太ももを思い切りつねった。

急にこちらに顔を向けて、笑顔のまま「邪魔するな」と目で言っている。

邦裕は目で「聞くな」と合図した。

朱莉は渋々、お茶入れて来ると言って立った。

 

 健人と優奈が出かけたあと、リビングで朱莉と話した。

「あんな話題を振ったらだめでしょ」邦裕がそう嗜めると、

「だって、気になるもん。どんなふうに付き合ってるのか」

「たんに羨ましいだけじゃない?」

「わたしが?そう見えた?」

「張り合おうとしてるんじゃない?」

「ええ?どう言うこと?」

「健人みたいな恋人がいて、週末には愛し合って、楽しそうにしてるから」

「そんなつもりはないんだけど、そう見えたのね」

「朱莉は美人だし、男なんていくらでも近寄ってくると思う」

「でも、今まで付き合ったことないもん」

「それは

 邦裕は、それは気が強い性格のせいだとは言えなかった。

「朱莉さえよければ、いつでもお付き合いするよ」

「無理やわ。そんな目で見られへんから」

「そうはっきり言われると、応えるなあ。で、恋人ができたらできたで、色々あるんやから」

「まるで恋人がいたような口ぶりね」

「そら、ないけど。健人のところもあれで、大変なことも」つい口をすべらせた。

「何かあるの?教えてよ」

身を乗り出してくる。

「ここだけの話やで。優奈さんの嫉妬がすごい」

「健人はモテるから、心配なんやろな」もっと聞きたそうだ。

「健人も人がいいから、近寄ってくる子には優しくしてしまう。それで喧嘩になるみたいやな」

「優奈は、朱莉のことを気にしたはずや」

「そんなものかな」そう言って、朱莉は首をかしげた。

「朱莉は大学行ったら、キャンパスクィーンとかに選ばれると思う。男選び放題やろうな」

「そうだといいけど」

 

「風呂入ってくるわ」

風呂は朱莉が一番に入ることになっている。

「ムカデが出ても助けへんから」

「そんなこと言われたら怖くなるでしょ。また出たら助けにきてね」そう言って、わざと困ったような表情をつくる。あざといなと邦裕は思いながら、

「今度助けを呼ぶときはバスタオル巻いとけよ。俺はムカデよりも朱莉の方が怖いわ」

「ふふっ」と笑いを漏らして風呂に行った。

 

連載を始めました。「邦裕の孤愁 くにひろのこしゅう」第2話 風呂場の悲鳴

 朱莉が来て三日目の夜のこと。

 邦裕が自分の部屋で、明日が提出期限の課題をやっていると、風呂場から「ぎゃーっ」と言う叫び声が聞こえてきた。朱莉の入っている時間だ。

 不審者が侵入したのだろうか、助けないとと思い、慌てて風呂場に駆け込むと、また、「ぎゃーっ」と言うさっきより高い声がした。

「大丈夫か、朱莉」と言って夢中で浴室のドアを開けると、朱莉はバスタブから、「そこ、そこ」と言って必死な顔つきで指を差す。ぞの先を見てみると、壁に、二〇センチはあると思われる真っ黒のムカデがじっと張り付いていた。

「うわっ、でかっ」

邦裕は、思わず一歩たじろいだ。見たことのない大きさだ。

「外へやって、早く、早く」

急かされても、素手で掴むわけにはいかない。

 こいつに噛まれると、激痛が襲い、しばらくは痺れて大ごとになる。邦裕は小学生の時、もっとサイズが小さいムカデに左腕を噛まれたことがあった。その痛さといったら二度と思い出したくないくらいだ。この世で、蛇と同じくらい嫌いな生き物だ。

とにかく朱莉を助けるために、こいつを始末しないと、邦裕はそう思って、風呂の中を見渡すと、風呂の腰掛けが目に入る。プラスチックだが、これの脚で潰してやろうと思って、腰掛けを手にした途端、ムカデは急に百本の足を動かして、壁を上り出して、朱莉の方に移動した。

「ぎゃーっ、早く、早く、助けて、助けて」

朱莉は浴槽から立ち上がり、ぬれたまま必死で邦裕の身体にしがみつく。

邦裕は壁のムカデに狙いを定めて、腰掛けの脚を思いっきり黒光りのする胴体に押し付けた。

「きゃっ、グロい」

朱莉はそういって顔を逸らした。

邦裕は力をさらに加えて、ムカデの胴体を二つに引きちぎった。風呂の床に落ちた二つの胴体はクルクル回って、頭の方はさらに逃げようとしてこちらに向かって進んでくる。邦裕は足元のムカデの頭部分を、腰掛けで狙ってガツンと叩いた。うまい具合いにムカデの頭に腰掛けの脚が当たり、そのまま力を押し付け続けた。

もう一方の胴体は床でクルクル回っている。今度はそちらを同じように押さえつけて始末した。

邦裕の鼓動は耳に響くぐらい大きな音を立てている。息も上がっている。

「やっと死んだ。もう大丈夫」

と言って、朱莉を見ると、彼女と視線があって、裸体で立ちすくむ朱莉を見つめる形になった。

一瞬、朱莉と邦裕の目が合って、わずかな間ができた。

「ぎゃ|、この変態」

「見ないで、すぐ出て」

そう言って湯を両手ですくって何度も邦裕の顔に浴びせかけた。

 

 慌てて風呂場から飛び出すと、ちょうど帰宅した健人が、朱莉の悲鳴を聞いて風呂場に駆けつけて来たところだった。

「お前、何やってるんや」と言って、邦裕の顔面をいきなり正拳で殴りつけた。邦裕は軽く吹き飛ばされ、廊下に倒れ込んだ。

「朱莉を入浴中に襲うなんて、お前は最低な男や」

健人は興奮して、失神している邦裕にのしかかり、さらに殴ろうとする。

「やめて、違うの」

バスタオルを身体に巻きつけた朱莉が、健人を背後から引き止めた。

「こいつ、許さん」

「違うのよ、この人は、ムカデを退治してくれたの、私を助けてくれたのよ」

「でも、さっきの悲鳴は?変態って叫んでたでしょ?」

「あれは、言葉のあやというか、ムカデを殺した後、この人と目が合って、気づいたら私、素っ裸だったからつい

「じゃあ、こいつが覗きや痴漢をしたのではなかったってこと?」

「そうなの、大丈夫かな海城くん」

「ヒロくん、起きろ、大丈夫か」

 

 邦裕はしばらくの間、気を失っていた。遠くから健人の呼ぶ声がしていたが、まだ朝じゃないから寝ていようと思って、目を開けなかった。

「ヒロ、起きろ」

健人は今度は平手で何度も邦裕の顔を叩くので、ようやく意識が戻った。

 目を開けると、健人と朱莉が、心配そうな顔で覗き込んでいるのが下から見えた。

「ああ、目が覚めたか」

「よかったわ」

健人は笑顔で邦裕に手を差し出し、体を引き起こす。朱莉は白のバスタオルを体に巻きつけている。でも、屈んでいるので、胸の谷間があらわに見えている。足の脛の白さが目に入る。

 立とうとすると、ちょっとふらつくので、健人が止める。

「すぐに氷枕で冷やそう。私、着替えてくるから」

「そうだな、冷やしたほうがいい。ヒロくん、ソファで横になれ」

健人はそう言って邦裕の脇を抱えてリビングのソファアまで運んだ。

「ごめんな、ヒロくん、俺はてっきり、朱莉を襲ったのかと」

「襲うわけないやろ。同級生やで。ありえへん、あかん、喋ると顔が痛い」

「冷やすから寝とき」

朱莉が服を着てきた。

「病院行かなくて大丈夫かな?」

「これくらいなら心配ないやろ」と健人が言う。

「骨にヒビが入ってるかもしれへん」邦裕が言うと、

「お前は大袈裟や」

「いや、お前が言うか」

「三宅さんに相談して、病院連れて行ってもらおうか」と朱莉。

「行ったほうがいいよ、海城くん」

「よっしゃ、俺が相談してくるわ」

健人は隣に住む三宅さん宅へ行った。

 

 三宅さんが知り合いの病院に電話してくれて、邦裕を車で連れて行った。

診察の結果、打撲だけで心配ないということで、邦裕は安心した。

 

翌朝、邦裕は起きて鏡を見ると、腫れがひどく、顔の右半分が痣になっていた。見るだけで、気分が悪くなった。大きめのマスクをするとほとんどが隠せたので、学校にはこれを付けていった。

 

 クラスに入ると、マスク姿が注目されて男子の何人が、どうしたのかと驚いた。

 邦裕は、説明が面倒なので、自転車で転んで顔面を打ったと答えた。鈍臭いなあとからかわれたが、かえって気が楽になった。とてもじゃないが、朱莉の全裸を見てしまって、そのせいで殴られたとは言えない。そんなことが知られると、二度と学校には来られなくなってしまうだろう。

 担任にも自転車事故で怪我をしたというと、お大事にと言われただけだった。

 邦裕はそれでよかったのだが、朱莉は色々とうわさ話を耳にして辛かった。クラスの女子は、あれは絶対、ケンカでしょと言った。

 海城くんはおとなしそうに見えて、意外とやんちゃなのかも、カッコつけてボコボコにやられたんじゃないのなど、ひどい決めつけが話されていた。その話の輪の中にいるだけで、朱莉は責任を感じて、気が重くなった。

 

 帰宅してきた健人が、リビングで本を読んでいた邦裕に言った。

「で、ヒロくん、どうやった?」

「腫れは大分引いた。アザは大きいまま」

「そうか、すまん。で、どうだった?」

「何が?」

「朱莉さんのボディや」健人は急に声を潜めていった。

「見たんやろ?」

「うん。グラビアでも見たことないくらい。すごくきれいだった。」

「ほんまか。もっと詳しく教えて」

「あかん、お前には優奈さんがおるやろ」怒った顔をしていうと、

「それとこれは別や」

健人はそう言って、邦裕の肩を叩いて部屋に入った。

 邦裕は一人リビングで、物思いに耽った。やむを得ないとはいえ、他人に、しかも若い男に自分の裸を見られたら、いやだろうな。でも、邦裕が謝れば謝るほど、朱莉の気持ちはやり場のない怒りに満たされていき、どう振る舞ったらいいのかわからなくなるんだろうな、そう思って沈んだ気持ちで自室に戻った。