bluesoyaji’s blog

大学入試問題の分析、国語の勉強方法、受験勉強、化石採集、鉱物採集、文学、読書、音楽など。高校生や受験生のみなさん、シニア世代で趣味をお探しのみなさんのお役に立てばうれしいです。

「国語の科目再編は無理がある」読売新聞3月30日朝刊社説を読んで考えた

読売新聞3月30日社説「国語の科目再編は無理がある」改め「読売新聞の変節にはウラがある」

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引用

実用的な文章を読み、論理的に書く力の育成は重要だが、その力は文学作品などに触れることで高まるのが普通だ。『実用的・論理的』な文章能力というものが別個に存在するわけではない

学校現場では論理と文学を無理に切り分けず、バランスよく学ばせることが大切だ

 

そのとおりなのだが、今までの読売新聞の主張は全く違っていた。

それを過去にツイッターで指摘した。(ツイート参照)

読売新聞の社説、今頃になって、論理国語に反対と主張 今年4月からの学習指導要領実施で現場は混乱が目に見えているので、論理国語に反対したという証拠作りかと邪推させる記事。手のひら返しですね。 #論理国語 #読売新聞… https://t.co/dTpJdtGs7X

本日の読売新聞朝刊と夕刊の記事 #共通テスト 国語問題作成委員の辞任を報じる 産経ニュース「利益相反などの疑念を指摘されて委員を辞任していた」と比べると、大したことではないとでも言わんばかりの記事内容だ 大学の先生なら、「李下に冠… https://t.co/KILkvP4in8

記述式だけでなく、新学習指導要領も注意せよ  本日の読売新聞より 「論理と文学を分けて国語力の向上につながるのか、懐疑的な見方を示す識者は多い」と書き、 立命館アジア学長の出口治明先生は「感受性の柔らかい思春期に、文学の素養を身に… https://t.co/Ae9wRnUpO6

 

読売新聞が珍しく、「高校国語改革を考える」#論理国語と文学国語 大森先生、俵万智さんの意見は、新学習指導要領に批判的。読んで納得した。 早稲田大学の幸田国広先生は、論理国語に賛成の立場。主張を読んでもピンとこない。で、調べてみて驚… https://t.co/RxPQ6oDbtx

 

読売新聞の主張が180度変化したということは、国(文科省)もこの改革の失敗を認識し、軌道修正を行おうとしていることを示しているのではないか。

 

間違いははっきり認めて、なぜそんな失敗が起こったのか、政策決定の過程とその責任の所在を調査、報道してほしい。

そして二度とこんな失敗が起こらない仕組み作りを提言してほしい。国の将来の安泰を願うなら、それが報道の責務である。失敗の被害をこうむるのは、生徒たちなのだから。

 

 

「『論理』か『文学』か」読売新聞3月30日朝刊3面を読んで考えた

読売新聞3月30日三面「『論理』か『文学』か」

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引用

 

これほど客観的な基準がない検定意見は初めてだ。桐原書店編集責任者

「文学国語」は11点全点が評論を取り上げた。新指導要領は文学国語では、文学に関連した評論を扱うことを認めているためだ。10本以上載せた筑摩書房の担当者は「文学と論理を分割するという指導要領の趣旨に違和感を抱いた。文学国語にあらゆる文章を載せた」と打ち明ける。

 

分けることへの反対意見として

日本学術会議の「古典文化と言語分科会」は20年の提言で、「『論理』と『文学』があたかも相反する領域であるかのような誤解を与える」と主張し、国語の選択科目を改善するよう訴える。

国語教育に詳しい日本大の紅野謙介・特任教授(日本近代文学)は『国語は論理と文学に分けられるものではない。文学には様々な人物の立場や理屈が絡まり、複雑な論理を捉えていくという要素がある。教科書検定の結果からも新指導要領の破綻が表れている。文科省は現場の声を聞き、実態に即した柔軟な対応を取るべきだ』と指摘する。

 

国(文科省)は、PISAの成績が低迷したことと、経済界などからの実用的な国語力の要請とを理由として、論理と文学を分けた。

PISAのテスト内容については専門家からの批判もあり、順位の上下だけを見て国語教育の改革をするのは早計である。

 

経済界も実用的な国語力を新入社員に求めるなら、入社後に教育すればすむことであり、その手間とコストを教育現場に押しつけるのはお門違いだ。

教育の中身に文句をつけるよりも、必要とするプログラムを用意し、教育現場に無償で提供するくらいのことを考えましょう。アイデアも金も出さずに要求だけしても、多忙な学校現場は無理ですよ。

 

 

高校国語 論理・文学分割 読売新聞3月30日朝刊1面記事を読んで考えた

読売新聞3月30日一面記事「高校国語 論理・文学分割」

 

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引用

 論理国語と文学国語に小説、評論が混在した理由としては、限られた授業時間数の中で、学校現場には小説と評論の双方を学んでほしいという強いニーズがあるほか、教科書会社自体にも両者(*論理と文学)の切り分けは難しいという意見があるためだ

*は筆者がつけました

 

なぜ国(文科省)は論理と文学に分けることにこだわったのか。誰が言い出し、誰が賛成して決定されたのか、それを調査し分析するのが報道の役割ではないでしょうか。

 

参考 中央教育審議会 教育再生実行会議

参考資料1 名簿(中央教育審議会委員、教育再生実行会議構成員):文部科学省

 

「模倣と創造 13歳からのクリエイティブの教科書」佐宗邦威 さそうくにたけ PHP研究所を読んで

「模倣と創造 13歳からのクリエイティブの教科書」佐宗邦威 さそうくにたけ

PHP研究所

 

読了しました。参考になった点を3つあげておきます。

 

1 模倣、想像、創造の3章に分けて、想像力を身につけるための具体的な方法が示されています。

 

2 人間の知能が8種類あり、大学までは、言語、論理的・数学的、人とのコミュニケーションが得意な人が、成績が良いとされている。それ以外の知能には、音感、空間、身体・運動、自分とのコミュニケーション、自然との共生があげられる。これらの知能がすぐれた人はたくさんいる。

 

 学校教育(小学校から高校まで)の限界がよくわかり、納得しました。

 

3 キャリア教育の見直しが提言されています。

 

未来のために我慢するよりはいまを楽しむほうがいいし、絶対的な正解がないのなら、自分なりの成功でいい。これがいまの子どもたちが生きる前提なのです。

誰もが自らのキャンパスを選び、自分を表現していく生き方をすることで希望をつくれるようになる。

 

自分の将来がまだつかめていない中学生、高校生や定年後に自分探しをしている中年?に特におすすめします。

著者の「直感と論理をつなぐ思考法」も参考になりますが、こちらの方がより具体的で読みやすいです。

模倣と創造 13歳からのクリエイティブの教科書

東京大学 2022年 前期 国語 第一問 鵜飼哲「ナショナリズム、その〈彼方〉への隘路」

東京大学 2022年 前期 文科 鵜飼哲「ナショナリズム、その〈彼方〉への隘路」

 

この大学入試が行われた直後に、プーチンの命令でロシアがウクライナに軍事侵攻をしました。アメリカやヨーロッパはもちろん、世界中の多くの国がこの「暴挙」に反対しています。日本でも「核武装の議論を始めよ」などと元首相や一部の政治家が言い出す始末。まさに「ナショナリズム」の発言を目の当たりにしています。現実に進行している世界情勢と照らし合わせながら、日本の「ナショナリズム」について考えるいい機会かもしれません。

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形式段落の要旨をまとめました。

1 カイロの考古学博物館で日本人ガイドから、説明を聞く資格はないと言われた

2 エジプトで日本人が日本人にそこにいる権利はないという

3 日本以外の国のツアーではありえない。客以外の人が聞いて、ガイドにどんな不都合があるのか

4 日本人が排外的に振る舞うことを忘れていたため、日本人から追い払われ逆説的に帰属を確認させられた

5 同じ日本人だからと甘える私と、たとえ日本人でもよそ者は切り捨てるガイドとどちらがナショナリストか。日本のナショナリズムはガイドのように振る舞える人材を養成してきた。国民の一部を非国民とし排除する能力がナショナリズムには必要だ

6 外国では日本人の団体に近づかない自由があるが、日本ではどうか

7 日本にいる人はみな、ただひとり日本人に取り囲まれている

8 ナショナリズムの語源はラテン語「生まれる」という意味の動詞である。一方自然を意味する名詞も同じ動詞から派生した

9 「生まれ」が同じものの間で「自然」=「当然」として主張される平等性と「生まれ」が違うものへの排他性という性格がナショナリズムの不変の性格である

10 しかし、生地も血統も少しも「自然」ではない

11 ナショナリズムが主張する「生まれ」の同一性の自然的性格は仮構されたものだ。自然ではなく一つの制度である。国籍の付与は自然でないものを自然なものとする操作つまり自然化によってなされる

12自然化は決して完了することがない。非自然化はいつでも起こりうる

 

設問を見ていきましょう。

(一)から(四)はすべて「説明せよ」という問題です。

 

(一)「その『甘さ』において私はまぎれもなく『日本人』だった」とはどういうことか

「その『甘さ』」とは国内では集団に分かれて壁を築いているが、国外では同じ日本人だから排除されることはないだろうと認識していたことを指しています。

日本人同士でなあなあで許してもらえるという感覚が「油断」だったのです。

 

(二)「その残忍な顔を〈外〉と〈内〉とに同時に見せ始めている」とはどういうことか

5段落の内容をまとめます。「その残忍な顔」は日本のナショナリズムがこのガイドのように「よそ者」をめざとく見つけ容赦なく切り捨てることを示しています。〈外〉とは日本国民以外の人、〈内〉とは日本国民のこと。ナショナリズムの排他性が内外ともに発揮され始めているということです。

 

(三)「文字通りの『自然』のなかにはもともとどんな名も存在しない」とはどういうことか

本来の自然には「フランス」「日本」といった名は存在しておらず後から恣意的に名付けられたものであるということです。

参考までに鈴木孝夫「ものとことば」によると、唯名論と実念論という概念があり、言葉によって初めて世界は認識できるという唯名論と、言葉より先に世界が実存するという実念論とが対立する。鈴木は唯名論の立場であり、この(三)は実念論の立場ということができます。

ちなみにこれは高校1年生の教科書に載っている評論を参考にしました。ちゃんと現代文の授業を受けていれば、この東大の問題を解く時にもその知識が役に立ちますね。

 

(四)「日本人であることに、誰も安心はできない」とはどういうことか、本文全体の趣旨を踏まえて一〇〇字以上一二〇字以内で説明せよ。

端的に言うと、ある日突然ナショナリズムのキバが自分に向けられることが起こりうるということ。

日本人という「生まれ」の同一性は自然ではなく、仮構された制度であるため状況によって変化しうるものであり、誰でも排除されることがあり得るのです。

 

(五)漢字の書き取り

ユルんで  緩んで

コッケイ  滑稽

シンチョウ 深長

「意味深長」なので「×深重、×慎重」などとしないように

 

模範解答は、河合塾や駿台の解答速報で見ることができます。参考にしてください。

京都大学2022年前期国語 高橋和巳「〈邪読〉について」 国語教師が解いてみたら、とてもいい内容だった

2022年京都大学 前期 国語 文系学部

第二問 高橋和巳『〈邪読〉について』

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形式段落の内容をまとめました

 

1 「千夜一夜物語」の語りは、物語が物語を生み、登場人物が語り出した物語の中の人物がまた一つの物語を語り出す

2 これはアラビア文化圏特有の存在論が背後にある

3 私は青春の一時期、この発想に近い読書の仕方をしていた

4 死の誘惑から逃れるため手当たり次第に読書した。読んでいる時の思念は気ままな膨張をした

5 当時、的確精密な要約をする友人がいたが、私はそれができず妄想的読書にのめり込んだ

6 これは邪読であり、自己を一たん無にして他者の精神に接するべきであり、確実で体系的な知識を身につけるために読書すべきである

7 しかし、邪なるものには悪魔的魅力があるものだ

8 ある領域に長じるための唯一の方法は、それに耽溺することである。それは客観的精神の芽生えと矛盾しない

9 耽溺のあと忘却がやってくるが、これにも意味がある

10 創造的読書は必ず忘却を契機とする

11 読書は大部分の消失がなければ、精神の自立はなくなる

12 ものごとは失いかけた時にそのことの重大さを意識する。邪読についても同じである

13 邪読は一つのあり方で、他の読書のあり方を排除するものでない

14 求道型や生活の知識、知恵を得るため、存在の奥底から発するものなど、その人の個性にあったかたちを造り出せばいい

15 理想はさまざまの読書の型をそれぞれの人生の時期に経過することにある。しかし、人は一つの読書のあり方に比重をかけたまま人生を終わらざるをえない

 

問一 傍線部1(こうした発想法)はどのような発想法か、説明せよ。

「こうした」は直前を指します。1段の「物語が物語を生み~」と、ある物語から別の物語が次々と派生していくような発想法のこと。

 

問二 傍線部2(しばしば自分の読書の仕方に対するある後ろめたさの念におそわれた)について、筆者が「ある後ろめたさ」を感じたのはなぜか、説明せよ。

友人との対比を説明します。

的確精密に理解したことを要約する友人の読書法に対し、自分はそんな仕方ができず、妄想的読書にのめり込んでいるから。

 

問三 傍線部3(これはむろん読書の態度としては、いわば〈邪読〉であって)のように筆者が言うのはなぜか、説明せよ。

本来は、自己を無にして他者の精神に接し、確実で体系的知識な知識を身につけるべきだが、筆者はそれに反する妄想的読書を行っていたから。

 

問四 傍線部4(その〈忘却〉にも、意味がある)のように筆者が言うのはなぜか、説明せよ。

創造的読書は、読んだ大部分を顕在的な意識の上からいったん消失することで精神に自立をもたらすため。

 

問五 傍線部5(読書の本質)について、筆者にとっての「読書の本質」とはどのようなものか、本文全体を踏まえて説明せよ。

「本文全体を踏まえて」とあるのが難しい。

段落要旨をつないでみました。

読書は、思念が気ままに膨張し妄想が広がり耽溺させるものだ。ある領域に長じるには耽溺が必要で、その後の忘却によって精神の自立がなされる。多様な読書のあり方をそれぞれの人生の時期に経過すればよいが、一つの型に比重をかけたままにならざるをえない

 

河合塾と駿台の解答速報を見てみましょう。

河合塾は語句やまとめ方が高レベルで、受験生はなかかけない解答です。むしろ駿台の解答例が本文に即した言葉遣いになっています。

どちらがよいということではなく、両方目を通して参考にしましょう。

 

まとめ

読書、邪読のすすめといった趣旨の文章です。京都大学が学生に求める智のあり方が具体的に示されていると思います。

筆者のいうように、私も読書の内容はほとんど忘れてしまっています。しかし、的確な要約や知識の蓄積ができていなくてもいいのだと筆者に認められたように感じて、うれしくなりました。

 

出典 『高橋和巳全集』全20巻(河出書房新社、1977.5~1980.3)第14巻 評論 4

 

高橋和巳全集〈第14巻〉評論 (1978年)

 

京都大学2022年前期国語 岡本太郎「日本の伝統」 国語教師が解いてみたら大変面白かった

2022年京都大学 前期 国語 文系学部

第一問 岡本太郎『日本の伝統』

 

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本文の内容をまとめました。

 

1 今日の若い世代は日本の古典芸術よりも西洋の古典芸術の方を理解している。

2 法隆寺金堂壁画の焼失のニュースは、十大ニュースの9位でしかない。

3 失われたものを嘆くよりも、悔いと空虚を逆に作用させ、すぐれたものを作り、伝統としていけばよい

4 そんな気魄こそ伝統継承の直流だ

5 今までの伝統主義に終止符を打ち、新しい世代に、とらわれない新しい目で伝統を直視するチャンスを与えるべきだ

6 竜安寺の石庭で「イシだけ」「タカイ」と言った人は、即物的な再発見によって権威や伝統をたたきわったと言える

7 そんなむぞうさな気分でぶつかって、伝わってくるものが本物、芸術の力であり伝統の本質だ

8 小林秀雄に骨董コレクションを見せられたとき、言い当てると小林は感激し次々と秘蔵品を持ち出した

9 その姿を見て気の毒でもの悲しい気分になった

10 美に絶望し退屈している者こそ本当の芸術家だ

 

岡本太郎の主張が絶好調?の文章です。

伝統に対する考えがはっきりとつかめます。

小林秀雄のエピソードは、小林をありがたがる文学関係者真っ青の内容で、おもしろいですね。小林の本質を突いた筆力がすばらしい。

 

さて、設問を見ていきましょう。

5問すべて「説明せよ」という潔い?設問です。さすがですね。

 

問一 傍線部1(どっちがこれからの世代に受けつがれる伝統だか分からなくなってきます)はどういうことか、説明せよ。

 

「どっち」とは、コーリンとかタンニュー、つまり日本の古典芸術と西洋の古典芸術を指しています。

西洋の古典芸術を見知っている若い世代にすれば、日本の古典芸術に魅力を感じなくなっていることです。

 

問二 傍線部2(自分が法隆寺になればよいのです)はどういうことか、説明せよ。

「法隆寺」が指すものとは何かをつかみましょう。

伝統だと評価されたものが失われたことを嘆くよりも、自分がよりすぐれたものを創作し、伝統にする姿勢が大事だということです。

 

問三 傍線部3(どうもアブナイ)のように筆者が言うのはなぜか、説明せよ。

直前に「うっかり敵の手にのりかかっていたんじゃないか」とある。これがアブナイの内容。

今までの伝統主義にとらわれない新しい目で伝統を直視しようとしていたのに、逆に伝統にからめとられてしまいそうになっていたから。

 

問四 傍線部4(それこそ芸術の力であり)はどういうことか、説明せよ。

「それこそ」は直前の内容を指す。さらにその前2行分を加えて考えましょう。

権威や伝統的価値から離れて、無造作な気分で対象にぶつかり伝わってくるものが本物の芸術ということです。

 

問五 傍線部5(美に絶望し退屈している者こそほんとうの芸術家なんだけれど)について、「ほんとうの芸術家」とはどういうものか、本文全体を踏まえて説明せよ。

本文全体とあるので、石庭や小林秀雄のエピソードから読み取れる筆者の考えを盛り込む。

伝統や世間の評価にとらわれず、自分が新たな美を作り出し伝統にするという気魄をもち、芸術に取り組む者。これを軸として、言葉を足してください。

 

模範解答は、河合塾や駿台のサイトに発表されています。

河合塾は、大変参考になりますが、解答の文言が難解で、高校生にはこの文章を書くのは、ちょっと無理やろと思います。

駿台の方は、比較的親しみやすいです。河合塾の模範解答を見て自分には無理と絶望しないで、どちらも見て吸収しましょう。

 

ちなみに理系学部は、問四が削除されていて、後はすべて文系学部と同じ設問です。

理系を目指す人も、高いレベルの記述力が求められています。

 

まとめ

権威、伝統に逆らい、新たな美を打ち立てる岡本太郎の精神を読み取らせることで、若い学生に必要な教養を示しています。

京都大学の学生には、岡本太郎の思想を引き継ぎ発展させてほしいと願います。

 

 

 

 

 

 

ウクライナで起こっていることを理解するために 戦争を描いた文学作品を読むことをおすすめします

ウクライナへの侵略が発生してから、日本では、核武装を議論しようとか、軍備を増強せよとかいった勇み足、勇ましい発言が報道されています。
そんな発言をする人は、自分は決して最前線に一兵卒で行かないと思い込んでいるのではないでしょうか。
なぜ、最前線で悲惨な思いをして、死ぬということを考えられないのか。
自分は特別な存在だから、そんなことは他の国民がやればいいと思っているのでしょう。

 

文学に描かれた戦争を読んで想像力を働かせることが大事だと思います。

 

そこで、私が今までに読んで、戦争について考えさせられた文学作品を紹介します。

 

大西巨人「神聖喜劇」
戦闘場面は出てきませんが、日本の軍隊内部が克明に描かれていて、参考になります。
小説として大変面白い作品です。

 

大岡昇平「レイテ戦記」
どこで、どんな戦闘があり、誰が死んだかといった記録に圧倒されます。
勇ましい発言をする政治家、コメンテーターは、是非これを一読をして、実際の戦争というものを理解してから発言してください。

 

古山高麗雄「プレオー8の夜明け」「断作戦」「フーコン戦記」など
作者自身の従軍体験から描かれたリアルな内容からは、戦争の実像が伝わってきます。

 

戦争への想像力を身につけるため、こういった文学作品を読むことをおすすめします。

共通テスト国語 第2問小説を国語教師が解いて考えた

共通テスト国語 第2問小説 「庭の男」黒井千次

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前書き

隣家の庭のプレハブ小屋に、男が描かれた看板が立ち、それが気になり始めた「私」

案山子をどけてくれと頼んでいる雀のようだと自身を感じる

 

特異な設定なので、前書きをしっかり確認しておきましょう。

 

形式段落のポイント

1・裏の家の息子に頼んでみたらー妻の示唆 私の側に立ってくれたことに救われ、気持ちが楽になった

・お前は案山子ではないかと言ってやる僅かなゆとりが生まれる

2・しかし所詮空威張りに過ぎぬーそんな焦り

・前にもまして凝視して止まない、男の視線の気配を覚える

・確かめるまで落ち着けない

3・隣に電話をかけ親に看板をどうにかしてもらうという手段

・フェアではないし、親を納得させる自信がない

・除去してくれたとしても、頭のおかしな人間と噂を立てられるのは恐ろしい

4・ある夕暮れ、散歩に出ると隣の少年を見かけ、彼の前に立つ

・少年は怯えた表情で立ち止まり、頭だけ下げ通り過ぎようとした

・「映画の看板かい」―警戒の色

・「素敵な絵、あのオジサンを横に移すか裏返しにするか」

・肩をそびやかす身振りで歩き出そう

・「待ってくれよ、頼んでいるんだから」

・振り返る相手の顔は無表情に近かった

・「もしもさー」

・私を振り切って離れていく

・「ジジイー」

5・吐き捨てるように俯いたまま低く叫ぶ声

・私は立ったまま見送る

6・礼を尽くして頼んでいるつもり

・中学生の餓鬼に無視され、罵られた

・身体の底を殴られたような厭な痛み

・こちらの申し入れが理不尽で、相手の反応は無理もないと考えてみた

・それなら申し入れを拒絶すればよかった、その方が私もまだ救われた

7・無視と捨て台詞に似た罵言は耐え難い

8・妻が寝室に引込んだ後、隣家の庭を窺った

・懐中電灯を灯すと男の顔は昼間より一層生々しい

・「馬鹿奴」―男か、少年か、自分かわからない

・玄関を出た

9・隣の家の裏の庭へ踏み込む

10・目指す小屋の横に出た

11・男はただの板―これではあの餓鬼に言うことが通じなかったとしても無理はない

12・しかし、板に触れると硬質のプラスティックに似た物体、断面は分厚く、裏に金属の補強材、土に埋められても腐ることのないしたたかな男だった

13・持ち合えようとしたが、太い針金でしっかり結ばれていて動かすことを諦めた

・少年の覚悟を認めてやりたい気分がよぎる

 

問1 「~彼の前に立っていた」とあるが、「私」をそのような行動に駆り立てた要因は

適当なものを二つ選ぶ。これを見落とさないようにしましょう。

1少年にどんな疑惑が芽生えるか想像し恐ろしく思っていたが×

2「少年の頭越しのそんな手段はフェアではない」と3段にあるので、これが〇

3「所詮空威張りに過ぎぬ」と2段にあるので×

4私の心理状態の説明として2段にあるが、駆り立てた要因とまでは言えないので×

5「アンバランスな組み合わせがおかしかった」と4段にあるので、「いぶかしく感じていた」が×

6「少年にどう説明すればよいのか見当もつかない」と1段にあるのでこれが〇

 

3,4の選択肢のように、本文に書かれてある内容と同じものは、設問の要求にあてはまるかどうかの判断が必要になり、まぎらわしい。

 

問2 「身体の底を殴られたような厭な痛み」とはどのようなものか

6段から「ひどく後味の悪い夕刻の出来事」「一応礼を尽くして頼んでいるつもり」「それを無視され、罵られたのは身に応えた」

7段から「無視と捨て台詞にも似た罵言~やはり耐え難かった」

これが「私」の心情

1が〇

2「妻にも言えないほどの汚点だと捉えたことによる、深い孤独と屈辱感」が×

3「説得できると見込んでいた歳若い相手」が×

4「少年を増長させてしまった一連の流れ」が×

5「妻の言葉を真に受け」が×

 

2がまぎらわしいので注意

 

問3 「あ奴はあ奴で~よぎった」における「私」の心情

1「共感を覚えたことで、彼を見直したいような気持ち」が×

2「陰ながら応援したいような新たな感情」が×

3「少年が何らかの決意」「その心構えについては受け止めたいような思い」がCの説明になっているので〇

4「受け入れてしまったほうが気が楽になる」が×

5「多少なら歩み寄ってもよいという考え」が×

 

問4 ⅰ少年を示す表現に表れる「私」の心情は

少年に言及した表現を抜き出すと、

裏の家の息子、中学生かそこらの少年、少年、君、相手、彼、中学生の餓鬼、あの餓鬼、あ奴

1「我が子に向けるような親しみ」が×

2「君」「中学生の餓鬼」「あの餓鬼」とあるのでこれが〇

3「つねに『君』と呼んで尊重」が×

4「彼の若さをうらやんでいる」が×

5「彼の年頃を外見から判断」が×

 

ⅱ看板の絵に対する「私」の様子や心情

1「映画の看板」「素敵な絵」「あのオジサン」と変遷しているのでこれが〇

2「プライドを捨てて卑屈に振るまう様子」が×

3「態度を都合よく変えている様子」が×

4「親しみを込めながら『あのオジサン』と呼び直し」「慌てふためいている様子」が×

 

問5 新傾向問題で、ノート部の内容把握が求められます。

ⅰ XとYに入る組み合わせ

X―家の窓から見ていた時の私―「男」を恐れるーアが適切

Y―看板に近づいた時の私―窓から見える男が同一人物とは到底信じがたい、苦笑したー怖くない、みかけだおしーウが適切

したがって、1が〇

 

ⅱ「私」の看板に対する認識の変化や心情

1「大人げなさを感じている」が×

2「自分に危害を加えるようなものではないと理解していた」が×

3「怖さを克服しえた自分に自信を持つことができた」が×

4「心を乱されていた自分に哀れみを感じている」が×

5「自分に滑稽さを感じ」が「苦笑した」と対応しているのでこれが〇

 

まとめ

受験生に中年男性のやや神経症的な心情を読ませ、理解させることに、どんな意味があるのだろうか疑問だ。心情、描写を深く味わえる小説は他にいくらでもあるだろうに。

もっと人生の深いテーマにより添う小説を読ませた方がいいのではないか。単に情報処理能力を問う出題に陥ってないか。

受験生の何人かは、この問題の出題者に対し、「〇〇ジジイ」と内心で叫んだかも知れない。

 

 

 

共通テスト国語 第1問評論を国語教師が解いてみた

共通テスト国語 第1問 評論を解いてみました。

問題文は毎日新聞などでpdfファイルを見ることができます。

以下は画像です。

 

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文章Ⅰ「食べることの哲学」檜垣立哉
形式段落に通し番号を付け、要旨をまとめました

1「食べる」ことと「生」にまつわる議論

動物も人間も、自然のなかでの生き物としてまったく対等な位相にたってしまう

2宮沢賢治「よだかの星」は擬人化がなされ、その感情は人間的

よだかはみなからいじめられ、孤立してしまう

なぜ自分は生きているのか

鷹から自分の存在そのものを否定される

3しかし、よだかは羽虫や甲虫を食べてしまう

なぜ自分のような存在が劣等感を持ちながらも他の生き物を食べて生きていくのか、わからない

4引用(僕は 飢ゑて死なう 遠くの遠くの空の向かふに行ってしまはう)

5羽虫や甲虫を食べることは、食物連鎖上やむをえないこと

よだかは生のどこかに困難を抱えていて、次第に他の生き物を殺して食べるという事実の問いに転化

自分も鷹に食べられる、それなら絶食し、空の彼方に消えてしまおうというはなしに転変

6よだかは最後の力を振り絞り、燃え尽きることで自己の行為を昇華

7食べるという主題ではなく、むしろどうして生きつづけなければならないのかということ

そして無意識に羽虫や甲虫を咀嚼してしまう自分に「せなかがぞっとした」思い

8主題は食べないことの選択つまり断食

9食物連鎖からの解放だけではなく、むしろよだかが羽虫を食べる行為を無意識のうちになしていることに気づき「せなかがぞっとした」思いをもつこと

 

大変おもしろい文章です。取り上げた宮沢賢治の「よだかの星」が秀逸ですね。これは仏教の影響が強い内容です。我が身を捨てることにより、苦悩からの解放、すなわち悟りが得られるという思想です。未読の人は、一読しておきましょう。

 

文章Ⅱ 「食べるとはどういうことか」藤原辰史

1豚肉(あなた)は口に運ばれ、食道を通って胃袋に入り、十二指腸、小腸を旅するあいだ、消化、分解され吸収され、大腸にたどり着く

2大腸では微生物が繊維を発酵させ、便となって肛門からトイレ、下水へ旅をする

3食べ物は時間をかけて徐々に変わっていく。どこまでが食べ物か決めるのは難しい

4二つの見方

5一つ目、人間は「食べて」などいない。食べ物は、口に入る前はすべて生きものであり、人間を通過しているに過ぎない。人間は生命の循環の通過点に過ぎない

6二つ目、循環のプロセスと捉えること。食べものは、次の生きものに生を与えるバトンリレーであり、ずっと食べものであるということ

7二つは似ているところがある

 

これもおもしろい文章です。表現がユニークで、軽妙な?印象を与えます。受験生は読みやすかったでしょう。

 

では、設問を見ていきましょう。

 

問Ⅰ ⅰ漢字

ア 過剰 1 冗長 2 剰余 3 浄化 4 常軌  2が正解

イ 傷  1勧奨 2 鑑賞 3 感傷 4 緩衝 3が正解 これは訓読を音読で探すパターンです。簡単でした。

エ 遂  1類推 2粋  3麻酔 4完遂 4が正解

 

ⅱ異なる意味を持つもの

ウ 襲い  1夜襲 2世襲 3奇襲 4来襲 2が正解

オ 与える 1給与 2贈与 3関与 4授与 3が正解

 

漢字、語意は簡単でした。

 

問2「よだかの思考の展開」をどう捉えているか。

5段落から、「自分の生のどこかに困難を抱えていて、」「他の生き物を殺して食べているという事実の問い」、「自分は何も食べず絶食し、空の彼方へ消えてしまおう」の部分に注目する。

これは選択肢1の「生きる意味が見いだせないままに羽虫や甲虫を殺して食べていることに苦悩し」「現実の世界から消えてしまおうと考える」にそれぞれ対応しているので、正解は1。

2は境遇を悲観し、彼方の世界へ旅立とうが×

3は弱肉強食の関係を嫌悪し、不条理な世界を拒絶しようが×

4は自分の存在自体が疑わしいもとのとなり、新しい世界を目指そうと考えるが×

5は矛盾を解消できず、遠くの世界で再生しようと考えるが×

 

読解ができていれば、難しくない問題です。

 

問3「われわれすべてが共有するものではないか」とはどういうことか。

傍線部Bの直前の「それは」が指すのは、「それでもなお羽虫を食べるという行為を無意識のうちになしていることに気がつき「せなかがぞっとした」思いをもつ」こと。

2番に「意図せずに他者の命を奪って生きていることに気づき」、「強烈な違和感を覚える」とある。これが言い換えになっているので、正解。

1はいつか犠牲になるかもしれないと気づき、自己の無力さに落胆するが×

3は他者の生命に依存していたことに気づき、自己を変えようと覚悟するが×

4は自己の罪深さに動揺するが×

5は知らないまま弱肉強食の世界を支える存在であった、自己の身勝手さに絶望が×

 

7段にも同じ根拠があるので、気づきやすいでしょう。

 

問4 「二つとも似ているところ」とあるが、どういう点で似ているのか。

5段と6段の要旨から、「生命の循環の通過点」という認識が共通しています。

2には「別の生きものへの命の受け渡し」という表現があるので、これが正解。

他の選択肢には「生命の循環」という認識がないので×

 

5段6段の要旨が読み取れていれば難しくありません。

 

問5 文章Ⅱの表現に関する説明

 まったく抵抗できぬまま、たっぷりかけられ、舌になぶられ、わずかな分身に別れを告げ、トイレの中へダイビング、旅をしますなど、比喩(擬人法)の多用と軽妙な説明が特徴でしょう。

この二つの要素に触れている4が正解。

1は心情を印象的に表現が×

2は消化酵素と微生物とが共同して食べものを分解する様子を比喩的に表現が×

3は擬態語を用いて表現が×

5は誇張して表現することで、消化の複雑な過程を鮮明に描いているが×

 

集中力を切らさずに選択肢を吟味しましょう。

 

問6 新傾向の設問が最後に出てきました。これがないと、文章Ⅰと文章Ⅱを組み合わせて読ませた意味がないので、必須問題というところでしょうか。

ⅰ空欄Xに入る最も適当なもの

これは消去法でいきます。

1は一般論×

2は文章Ⅰの9段に「食べるという行為を無意識のうちになしている」とあったので、これが根拠で正解。

3は2の正反対なので×

4は文章Ⅰの9段に「食物連鎖からの解放という事態だけをとりだすのではない」とあるので×。ひっかけ選択肢ですね。

 

ⅱ空欄Yに入る最も適当なもの

これも消去法です。

1は他者の犠牲によってもたらされるよだかの苦悩、自他の生を昇華させる行為は、地球全体の生命活動を円滑に動かすために欠かせない要素が×

2はよだかが飢えて死のうとすることは、生命が本質的には食べてなどいないという指摘に通じるが×

3は地球全体の生命活動を循環させる重要な意味がある、生命がもっている生きることへの衝動(食べる)こそが、循環のプロセスを成り立たせているとあるので正解。

4は食べることによって生じる順列が不可欠であるが×

 

選択肢がややわかりにくいですね。集中力を切らさずに慎重に吟味しましょう。(時間があれば…)

 

まとめ

文章が二つ、それぞれの分量は少ないです。問1から問5までがそれぞれの文章について単独の設問です。問6のみ、二つの文章を関連させた設問となっています。

受験生にとっては、一文の文章量が少なくなり、読みやすかったかもしれません。しかし、深い論理の展開を読解し、思考するという力は問えない設問形式になってしまったと思います。深い論理の展開には、やはりある程度の文章の長さが必要になります。

その意味で、情報処理能力は測ることができる問題ではあったと言えるでしょう。

また別の視点から一つ。

文章Ⅰは評論文で宮沢賢治の小説「よだかの星」を取り上げたものです。これは今年の4月から実施される新学習指導要領で設定された「論理国語」と「文学国語」の区分けに抵触する問題があります。

「論理国語」では文学作品を扱わないという国の指針は、高校現場に大きな波紋を投げかけました。ところが、文章Ⅰでは、文学作品の中にも論理性があることをはからずも示したことになっています。

そもそも、文学と論理とを分けるという発想自体が間違っています。

来年度はさらにどのような問題が出題されるか注目していきます。