bluesoyaji’s blog

大学入試問題の分析、国語の勉強方法、受験勉強、化石採集、鉱物採集、文学、読書、音楽などについて書いています。少しでも高校生や受験生のみなさん、シニア世代で定年後の趣味をお探しのみなさんのお役に立てばうれしいです。

半世紀の公徳心向上の成果 21世紀の感染症と文明 山崎正和 を読んで考えた

21世紀の感染症と文明 山崎正和 を読んで考えた

 

第3章です。

半世紀の公徳心向上の成果


18「緊急事態宣言」後の日本人は、外出自粛や自主休業など、その自制心は特記に値する。企業の在宅勤務や零細自営業者の休業も自ら行われている。


19日本人の良識と自制心は、長い歴史を持つ。公徳心は東京オリンピックを迎える1960年代前半、行政の努力によって街からゴミが消えた。


20日本人の社会感覚が変わり、美と倫理の基準が芽生え直したのは1970年代初めである。「モーレツからビューティフルへ」という標語を実現するものになった。


21経済成長の内容は、量産一点張りからデザインやコンセプト重視へと移った。商品デザインの多様化が進み、文化産業への傾倒が強まった。


22身辺を美しくすることに関心が移るとともに、行いを美しくするようになった。その頂点として、ボランティア活動が不動の風習となったのが一九九五年一月である。

 

感想

1960年以降の日本人の意識の変容が書かれています。

私は1960年代生まれなので、この記述内容にあるとおり、社会の変化を実感してきました。

この半世紀でずいぶん日本人の公徳心も向上したことがわかります。

その頂点が、阪神淡路大震災のボランティア活動であるという総括は、的確です。

 

山崎先生の記述内容からは離れますが、国の行政、政治家の働く姿勢という面から見ると、向上というよりも、むしろ、劣化が目につくように思います。

特に今回のコロナ危機に対する政府の取り組みは、多くの国民が不満と不安を抱いています。

国民の公徳心は向上した、そのおかげも有り、コロナの蔓延は防いでいるように思える。

しかし、その一方で国は、政治は、公徳心を発揮して、本来の目的を果たせているのだろうか…

 

こういったもやもや感がぬぐえません。

 

 

当面の恐怖と不安の特殊性  21世紀の感染症と文明 山崎正和 を読んで考えた

 21世紀の感染症と文明 山崎正和 を読んで考えた

続きです。今回は第2章にあたります。

当面の恐怖と不安の特殊性

 

8感染症は見えない敵のため、不安は倍加する。
9そのうえ、恐怖がいつまで続くか、先行きが見えないため焦燥を煽る。スペイン風邪は三波にわたり、コロナは、何波が襲来するかわからない。
10この災害が耐えがたいのは、対抗して「する」ことがないためだ。国民に要請されたのは、外出しないこと、出勤しないこと、営業しないこと、何かをすることの正反対である。
11欧米など諸外国の政府は、都市封鎖や外出者に罰金などの荒業を行ったが、日本の国民は自分の意志で何かを「しない」という決断を強いられた。
12目下働いているのは医療従事者と輸送や物流を支える人々である。一般国民は彼らの奮励や自己犠牲を見て、自分が何もしていない現実を思い知る。
13近代人は休むことが美徳であることはなかった。特に日本人は近代以前から勤勉で、休むことが奨励されたことはなかった。
14もう一つ、近年のボランティア活動の普及である。阪神淡路大震災以降に定着し、日本人の社会意識の大きな転換を反映した。何の縁もない被災者を救済した。
15これは日本人の新しい公徳心の目覚めと考える。しかし、今回は助けに行か「ない」ことが美徳とされる。国民は深いところで耐えている。
16政府もジャーナリズムも、コロナとの闘いをいいながら、負け戦のような有様に重点を置き、攻めの部分を十分に伝えないのは奇妙である。治療法と特効薬の発見については情報不足が著しい。
17日本人の糧になるのはワクチンの開発段階の情報である。

 

感想

阪神淡路大震災は、1995年。あの時、大勢のボランティアが、バイクや車や徒歩で被災地に駆けつけたことは、被災地に住んでいた私もよく覚えています。

山崎先生は、1995年まで大阪大学の教授をされていたので、阪神淡路大震災のことは、よくご存じなのでしょう。

 

阪神淡路大震災の時に、倒壊した家屋の下敷きになった人を救助したのは、自力で脱出が35%のほか、家族32%、友人や隣近所の人が28%、通行人2.6%、救助隊1.7%

内閣府防災情報のページより

http://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/h26/zuhyo/zuhyo00_02_00.html

つまり、プロに助けられた割合は、1.7%しかなく、ほとんどが、家族、隣近所、通りすがりの他人に助けられています。

国内でボランティアの機運が高まる以前に、被災地では、他人が人命を助けるという行為を行っていたことになります。

 

山崎先生の言う「日本人の新しい公徳心の目覚め」が、コロナによって、後退するのではないでしょうか。

 

今回のコロナには、ボランティアが活躍できないという点でも、特殊性があります。

子ども食堂が開けなくて困っているというニュースがありました。同様の事例は全国中に見られるのでしょう。

 

逆に、自粛警察と言われる、ゆがんだ正義感によるボランティア(?)は、活発に活動しています。

 

また、感染者の少ない自治体が、都市部からの帰省や来訪を拒むという事例が多発しました。

コロナを恐れる心情は理解できますが、地方と都市部の分断につながるのは、残念です。

私も半年以上、一人暮らしの親のもとに帰省できていません。

県外ナンバーの車に投石やあおり、傷付けなどが多発した県なので、帰省するのもはばかれるなあと思案しています。

 

ボランティア活動の制限、都市住民と地方在住者の分断がコロナ後の日本の社会の特徴であるなら、「歴史の転換点を刻印するものになる可能性が十分ある」ものかもしれません。

 

 

21世紀の感染症と文明 山崎正和 中央公論ダイジェスト コロナ・文明・日本 を読んで考えた   

21世紀の感染症と文明 山崎正和 中央公論ダイジェスト コロナ・文明・日本 を読んで考えた 

 

中央公論7月号に掲載された山崎正和先生によるコロナの論考を読みました。

コロナに対するとらえ方が、大変参考になったので、自分の勉強のためと、みなさんへの紹介もかねて、数回に分けて掲載します。

 

今回は第1章。

まずは、形式段落の要旨です。

通し番号は形式段落ごとに、私が付けました。

 

世界史的な時間への復帰

1コロナウイルス肺炎の蔓延は歴史的事件である。

一つは画期的な惨事として未来の文明に影響を残す点。

もう一つは近代人の傲慢に冷や水を浴びせ、過去の文明への復帰を促す点である。

2近代化により、人びとは昔とは別世界にはいったと妄信したが、悪疫の流行による惨事はこの傲慢をあざ笑った。中世のペストや日本の瘧(熱病)と違いがない。今回のウイルスは逃げ場がないという意味では前近代と同じである。

3現代人の不安と恐怖は、中世人より過酷である。中世は死が日常にあって、人びとはそれに耐える感性を備えていた。

4民衆は信仰心も強く無常感も身につけていた。

5現代人は死から目を背ける習慣を養ってきた。特に第二次世界大戦後の日本人は、長寿社会で死を直視する強靱さを失ってきた。コロナによる死者の数を知り、死が他人事ではない恐怖を深く感じている。

6パンデミックの記録はあまり記憶されていない。スペイン風邪は日本人だけでも39万人の死者を出したが、容易に忘れられたのは、第一次世界大戦の終末期だったからだ。人心が人間の死に慣れ、平和の興奮に湧いていたからであった。

7二〇年後、第二次世界大戦も起こり、スペイン風邪は歴史的記念碑とはならなかった。

新型コロナ肺炎は独特であり、歴史の転換点を刻印するものになる可能性が十分ある。

 

考えたこと

 

コロナについては、マスコミでは自然科学の専門家の独壇場となっていますが、人文科学の専門家の出番はないのでしょうか。

 

いや、むしろ人文科学の知見が求められる出来事だと考えます。

 

コロナウイルスの蔓延を考えるとき、過去のパンデミックと比べる論が見られます。

以前の記事で紹介した、こちらもそうでした。

 

www.bluesoyaji.com

 

 私たちは、スペイン風邪から教訓を学べていなかったことは指摘通りです。

 

東北大震災でも、「三陸海岸大津波」吉村昭 で過去の大津波の詳細なルポルタージュがありましたが、備えができていませんでした。

 

私たちは、平和な生活に麻痺してしまい、パンデミックや大災害などは、無縁のものと思い込んでいたのかも知れません。

 

その現代人の弱点を突いて、今回のコロナウイルスの蔓延は、発生しました。

 

当然、今までの社会のあり方や個人の生き方では通用しないものがどんどん出てきます。

山崎先生は、過去の日本人のあり方を引用して論じています。

 

ひとつ気になったのは、日本人の「無常感」というように、「無常観」ではない「感」を使っていることです。

 

形式段落4で、「無常感」が使われています。

「観」とは違うことを強調しているのかと思いましたが、文脈から考えて、ここは「観」ではないかと思うところもあります。

厳密に校正しているはずなので、間違いではないでしょうが、かなり気になりました。

 

 

 

共通テスト 試行問題 国語 第2回 第2問(著作権法の問題) 評論を解いて考えた 受験勉強の参考にどうぞ

共通テストが予定通り実施されることになりました。

休校期間が長かったので、受験生のみなさんは特に、共通テストへの不安や心配が強いと思います。

そこで、高校の国語教師が問題を解いてみました。少しでも参考になれば幸いです。

 

試行問題は、大学入試センターが公表しています。リンク先はこちら

https://www.dnc.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00035513.pdf&n=02-01_%E5%95%8F%E9%A1%8C%E5%86%8A%E5%AD%90_%E5%9B%BD%E8%AA%9E.pdf

 

f:id:bluesoyaji:20200620151723j:plain





f:id:bluesoyaji:20200620150615j:plain

f:id:bluesoyaji:20200620150625j:plain

f:id:bluesoyaji:20200620150633j:plain

f:id:bluesoyaji:20200620150643j:plain

f:id:bluesoyaji:20200620150656j:plain

 

f:id:bluesoyaji:20200620150747j:plain

f:id:bluesoyaji:20200620150754j:plain

f:id:bluesoyaji:20200620150802j:plain

f:id:bluesoyaji:20200620150813j:plain

f:id:bluesoyaji:20200620150830j:plain

f:id:bluesoyaji:20200620150840j:plain

f:id:bluesoyaji:20200620150851j:plain

f:id:bluesoyaji:20200620150901j:plain

f:id:bluesoyaji:20200620150433j:plain















第1問の記述は見送られたので、第2問、評論にあたる問題を解きました。

資料Ⅰと資料Ⅱ、文章の3つを読ませる問題です。

ここでは、文章を取り上げ、段落の要旨をまとめました。文頭の番号は、本文につけられた番号です。

 

1著作者は最初の作品を実体に載せて発表する。これを「原作品」と呼ぶ。 

2著作権法は、原作品に存在するエッセンスを引き出して「著作物」と定義する。 

それは記録メディアからはがされた記号列である。 

著作権の対象は原作品ではなく、記号列としての著作物である。 

3著作権法の対象は(記号列としての)著作物だが、物理的な実体へと及ぶ。 

4著作物は、原作品が壊されても盗まれても存続する。 

5著作物は、テキストに限っても、多様な姿に及ぶ。 

表1の定義に最も適合するのは叙情詩、なじみにくいものが理工系論文、新聞記事になる。これらは表1から排除される要素を多く含む。 

6著作権法の著作物の定義は叙情詩をモデルにしたものである。著作権の扱いや侵害の有無も叙情詩モデルを通している。 

7だが、無方式主義の原則があるため、著作権法は叙情詩モデルでは排除されるようなものまで著作物として認めることになる。 

8叙情詩モデルの意味を確かめるため、特性を表2として示す。 

9表2はテキストについて表1を再構成したもの。叙情詩型のテキストの特徴は、私が自分の価値として一回的な対象を主観的に表現したもの。理工系論文は、誰かが万人の価値として普遍的な対象を客観的に着想や論理や事実を示すもの。 

10叙情詩型のテキストは、表現の希少性が高く、著作物性は高い。 

11(理工系論文は)著作物性は低く、著作権法のコントロール外へはじき出される。 

このテキストの価値は内容にある。それは着想、論理、事実、アルゴリズム、発見である。 

12多くのテキストは、叙情詩と理工系論文とのスペクタルのうえにある。 

13表2からどんなテキストでも「表現」と「内容」とを二重に持っているといえる。著作権法は、前者に注目し、表現の持つ価値の程度によって、その記号列が著作物であるか否かを判断するものである。 

14著作権法は、テキストの表現の希少性に注目し、それが際立つものほど、濃い著作権を持つと判断する。 

15著作物に対する操作は、著作権に関係するものを著作権の「利用」と言う。多様な手段があり、まとめると表3になる。 

16表3以外の操作を著作物の「使用」と呼ぶ。これには著作権法ははたらかない。 

17使用のなかには、書物の閲覧、建築への居住、プログラムの実行が含まれる。 

18 著作権法は「利用/使用の二分法」も設けている。これがないと、コントロールが過剰になり、正常な社会生活まで抑圧してしまう。

 

出典は、名和小太郎

『著作権2.0 ウェブ時代の文化発展をめざして』NTT出版ライブラリーレゾナント 2010年

 

いかんせん、10年前の本なので、著作権法の最新の情報ではなく、あくまで著作権法の概念を扱ったものです。読んでみて、少し古さを感じます。

文体も生硬で、今の高校生には読みづらい文章です。続きを読んでみたいとは思いませんでした。

逆に、出来具合に差を付ける入試問題としてはふさわしいのかも知れません。

 

では、問1漢字から。本文の傍線部と同じ漢字を含む選択肢から選ぶスタイル。

合致、適合、両端、閲覧、過剰

どれも難しくはありません。全問正解できるはずです。

 

問2傍線A「記録メディアから剥がされた記号列」とはどういうものか、資料Ⅱを踏まえて考えられる例を選ぶ、というもの。

資料Ⅱは、著作権法の抜き出しです。

複数の資料を読ませて考えさせるという共通テストのお約束問題です。

文章の2段落から、「エッセンス」、「記号列としての著作物」

資料Ⅱ第二条一から「思想又は感情を創作的に表現したもの」

これらに注目して選択肢を見ると、4「作曲家が音楽作品を通じて創作的に表現した思想や感情。」が正解だとわかります。

問3 【文章】における著作権法の説明として適切なものを選ぶ。

選択肢を吟味していきます。

①「利用」が、「使用」の間違いです。15段落から。これはX。

②11段落で、外へはじき出されるとあるが、7段落で無方式主義の原則があり、除外されるとはいえないので、X。

③14段で二分法の考えが示されているが、訴訟では、より叙情詩型なのか、より理工系論文型なのかの判断によって決められるとある。相対的なものなので、「明確な判断を下す」がX。

④著作物性という考え方は10段、11段で説明されている。それを踏まえると、遺伝子のDNA配列も保護できるがX。

⑤13段落14段落の内容から〇。

選択肢の微妙な言い回しを判断しなければいけない点がやや難しい。

とにかく、本文から根拠になる部分をしっかり探すこと。

 

問4 「表2は、具体的な著作物ーテキストーについて、表1を再構成したものである」とあるが、その説明として適切なものを選ぶ。

資料Ⅰ、資料Ⅱがある上に、文章の中に表1、表2、表3が加わるのは、ややこしすぎや!

どれだけ複数資料好きやねん!との突っ込みを入れながら解きました。

 

「これが文科省の目指す、新しい国語の姿なのか(心の中)」

 

さて、気を取り直して、選択肢の吟味を。

表2は、9段、10段、11段、12段の要旨を見ると、著作物性の程度を示したものと考えられます。相対的な尺度、もの差しのようなものといえます。

①「排除されるもの」の定義をより明確にしている、がX。

②二つの特性を含むものを著作物とするがX。

③著作物の多様な類型を網羅するがX。

④5段落から表1の説明は〇。表2の説明も「著作物性の濃淡」とあるので〇。

⑤類似性がXですね。

 

問5 表現の説明として適当でないものを選ぶ。はい、よくあるケアレスミスに注意しましょう。「適当でないもの」に傍線を引いておきす。自分の脳に、しっかりと認識させましょう。

①「ー」は直前の語句を強調し、主張に注釈を加える働きを持つとあるが、これがX。

「ー」の後は、記録メディア、複製物など、直前のものの具体例です。したがってこの①が正解です。

後の吟味は省略します。

そもそも、この「文章」には表現の特徴を問うような要素は少ないです。冒頭で言いましたが、生硬な文章なので、表現の豊かさはありません。

無理矢理問題を作った感じがします。

受験生は、限られた時間内で、②以降の選択肢の内容も吟味することになるので、はっきり言うと無駄な問題です。

 

問6 資料Ⅰの空欄にあてはまるものを3つ選ぶ。ここで資料Ⅱを読み、第三十八条が関係していることに注目します。

②楽団の営利を目的としていない演奏会であること、は「営利を目的とせず」と合致するので〇。

④観客から一切の料金を徴収しないこと、は「聴衆又は観衆から料金を受けない場合は」と合致するので〇。

⑥演奏を行う楽団に報酬が支払われないこと、は「実演家~に対し報酬が支払われる場合は、この限りではない(上演できないの意味)」なので、〇。

 

この設問は簡単です。もっと資料Ⅱのあちこちを探さないと解けないのかと思いましたが、そうではありませんでした。作問上の制限から、こんなに簡単になったのだと思われます。

 

まとめ

解いてみたみなさんは、出来具合はどうでしたか?

時間制限がある中でこの問題内容であれば、かなり難しいと思います。

論理的な思考力ではなく、資料を渉猟する眼力(本当の視力)が必要な問題です。

どこに何が書いてあったのかを見やすく印し付けをすることが必要ですね。

新学習指導要領を先取りした問題が、なぜ今の高校生たちに出題されるのか大いに疑問ですが、「論理国語」と聞いても、そんなに心配しなくてよいと思います。

なぜなら、論理力を求められているのではなく、情報処理力を求める問題だからです。

複数の資料を読み解き、関連性のある問題に対する解答を発見する、これは、まさに情報処理能力そのものです。

いくつかこの手の問題を解き慣れていく必要はあります。そうすることで、情報の処理パターンが身につくと思います。それで共通テストを乗り切れるなら、たいしたことないではありませんか。

 

今回は、著作権法の理解という題材でしたが、これが、たとえば、ラグビーのルールブックだったり、ロールプレイングゲームの設定だったりしても同じなのです。

ルールを理解し、それをある場面設定では、どう適合させるか、それと同じ力を問われているように思います。

スポーツやゲームのルールなら、高校生のみなさんはお手の物ですね。

共通テストは、それと同じ頭の使い方を求めるものと言ってよいでしょう。

恐れる必要はありません。

 

 

 

 

異常巻きアンモナイト、プラビトセラスをクリーニングしてみた

今回クリーニングしたのは、プラビトセラスというアンモナイトの化石です。

淡路島の西淡町、和泉層群から見つかったもの。

f:id:bluesoyaji:20200607111158j:image

白亜紀後期カンパニアン期(およそ7~8000万年前)

淡路島でよく出るディディモセラスというアンモナイトの塔状部を低くする方に進化したものが、このプラビトセラスと考えられているそうです。

表紙のイラストを参考にしてください。

f:id:bluesoyaji:20200607111231j:image

(「和泉層群の化石」徳島県立博物館1991より)

徳島県では鳴門市でも見つかっているので、探しに行きたいと思っています。


S字状に巻いた奇妙な形態は、異常巻きのアンモナイトの中でも、特に目を引きます。そのファンタスティックな存在感は群を抜いて、アンモナイトの真打ちといってよいでしょう。


この標本は、淡路島で行われた採集会に参加した際に、その道の先輩から譲っていただいたものです。
そのときの採集会では、りっぱなプラビトセラスが2体も出てきました。

ベテランの化石を探す目は本当にすごいなと感心しました。いい化石を見つける目を私も身につけたいです。

f:id:bluesoyaji:20200607111325j:image
この化石は、周囲の風化がひどくてもろいのですが、中心は固い泥岩です。平たがねが欠けてしまいました。

クリーニングを始めた頃は、おそるおそる削っていき、何時間も掛けて、数ミリしか削れない程度の進み具合でした。


今は、タガネをハンマーでがんがん打ち付けて、大胆に削るようになりました。

何度も失敗をして化石にひびが入ったり、割れてしまったりを繰り返すうちに、慣れてきたからでしょう。

 

instagramに動画をあげています。こちらからどうぞ。

https://www.instagram.com/p/CBFwai1DAxK/?igshid=1iqkk6vh74y2f

 

この化石は巻きの部分だけですが、数千万年前の海をS字型の殻を持って泳ぎ回っていた姿を想像すると、愉快な気分になります。 
 

ベランダで化石のクリーニング 家で出来る趣味 白亜紀の化石

外出を控えて、ひたすら家に引きこもる毎日です。

週末の休日に、ベランダで化石のクリーニングをしました。

嫌なことを忘れてひたすら石をたたくという単純作業です。

気がつくと一時間ぐらいは過ぎています。

 

まずは、徳島県の石から。

f:id:bluesoyaji:20200525173214j:image

立川層の上部で採集した植物片です。

割ると、一枚の葉が出てきました。

おそらく1億年以上前のものですが、そこら辺に生えている草のように思えます。

 

f:id:bluesoyaji:20200525173242j:image

この石はフズリナ化石を含んだもの。羽ノ浦層の基底岩だそう。白い紡錘形が石の穴の中に入っています。不思議な印象。

 

 

次は和歌山県の石です。

f:id:bluesoyaji:20200525173414j:image
f:id:bluesoyaji:20200525173407j:image

母岩が大きく固いので、小割になりました。

石の表面に残るこの化石、イノセラムス(二枚貝)だと思っていたのですが、巻いているようにも見えます。

f:id:bluesoyaji:20200525173443j:image
f:id:bluesoyaji:20200525173447j:image

 

北海道のアンモナイトのノジュール。これは購入したもの。

f:id:bluesoyaji:20200525173538j:image
f:id:bluesoyaji:20200525173531j:image
f:id:bluesoyaji:20200525173544j:image

大きなアンモナイトが新鮮な色を見せて埋まっています。

北海道のアンモナイトはリアルな姿で保存されていて、本当にすごいです。美しい。

クリーニングの勉強になります。

 

アンモナイトが続きます。

これは徳島県の石。羽ノ浦層から採集。ネジのような部分がアンモナイトです。

f:id:bluesoyaji:20200525173710j:image
f:id:bluesoyaji:20200525173719j:image
f:id:bluesoyaji:20200525173715j:image

形がイレギュラーで、異常巻きと呼ばれています。

サイズは小さいですが、これも1億年前に生きていたアンモナイトです。

小さなフォルムが愛くるしい。個性的で魅力があります。

 

さて気がつけば、ベランダで蚊に襲撃され、耳たぶを両方刺されて真っ赤になって腫れていました。

初夏を思わせる陽気の中、大自然ではなく、都会のベランダで、1億年から7千万年前くらいの生き物と対話することが出来ました。

『パンデミックを生きる指針ー歴史研究のアプローチ』 藤原辰史 を読んで考えたこと 特に高校生、大学生におすすめです

パンデミックを生きる指針ー歴史研究のアプローチ 藤原辰史

リンク先はこちらです

https://www.iwanamishinsho80.com/post/pandemic

原文を必ず一読することをお勧めします。

ここでは理解の一助として、段落要旨をまとめてみました。

 

では、要旨を段落ごとに見ていきましょう。

各段落ごとの通し番号は、形式段落を中心として、私が便宜上、設定しました。

1起こりうる事態を冷静に考える

1人間は、目の前の危機よりも、遠くの希望にすがりたくなる。

2甚大な危機に接して思考の限界に突き当たると、楽観主義にすがり現実逃避する。為政者の楽観と空威張りをマスコミが垂れ流し、多くの国民が信じてしまうのは歴史の事実である。

3世界史は生命の危機であふれてきた。特に日本では、為政者の安易な希望論、道徳論、精神論が国民の判断力を鈍らせてきた。

4歴史研究者は、虚心坦懐に史料を読む技術を持つため、過去の類似現象を参考に、すがりたくなる希望を冷徹に選別することができる。

2国に希望を託せるか

1新型コロナウイルスは世界を分断している。日本の首都では感染者が急増している。健康のみならず、国家、家族、未来への信頼を打ち砕く。

2危機が迫ると人びとは、自分の思考を放棄し、リーダーに委任しようとする。情報を隠すことなく、異論に寛容で、きちんと後世に文書を残し、過ちを部下に押しつけず、ウイルスと戦う最前線の人たちの不安を除去し、少数意見を弾圧しないリーダーであれば、人びとは納得する。

3ところが、日本政府やそれに類する海外の政府は、上記の条件をすべて怠ってきた。

4その上、「緊急事態宣言」で基本的人権を制限する機能を与えてしまった。為政者が自分の都合で宣言を活用した例は世界史にあふれる。

 

3家庭に希望を託せるか

1家庭に生死を決める重荷がのしかかる。経済基盤、育児環境も改善しないので、家庭が安全という保証はない。

2子どもにとって家庭は安全な存在か。7人に1人が貧困状態にある日本で、経済状況の差を広げた政策のつけが回ってくる。

3フランスでは家庭内暴力が増加した可能性があるが、日本も同様である。

4家族が機能不全なら地域に頼るしかない。しかし、弱い立場にある人を支える場所が、ウイルスの影響で機能不全に陥っている。

5現時点で大災害が起こると、地域の避難所は感染の温床になってしまう。

 

4スペイン風邪と新型コロナウイルス

1新型コロナウイルスが拡散する今、参考にすべき歴史的事件はスペイン風邪である。1918年から1920年まで、3度の流行を繰り返し、世界中の人々を恐怖に陥れた。ウイルスが原因であり、国を選ばず、地球規模で、巨大な船で集団感染し、初動に失敗し、デマが飛び、著名人が多数死亡など、状況が似ている。

2当時はウイルスを分離する技術が確立されておらず、医療技術は現在のほうが有利、人口が17億と75億の現在では過去が有利、多くのメディアが情報を大量に発信し、WHOも存在するが、どちらが有利か。

3百年前は、これまでにないほどの人の移動があった。第一次世界大戦のため、インフルエンザが流行っていたアメリカから多数の若い男が輸送船でヨーロッパに渡った。ヨーロッパにはアジアから多くの労働者が来ていた。アジアにも感染が広がり、日本人も40万人が亡くなった。

4インフルエンアが広まった理由は、戦争中の衛生状態や栄養状態が悪かったことだ。

5現代の人の移動の激しさは当時の比でない。飛行機で動くツーリストの動きは桁違いだ。

5スペイン風邪の教訓

 1クロスビー『史上最悪のインフルエンザー忘れられたパンデミック』を参考にする。

2感染の流行は一回では終わらない。スペイン風邪は3回の波があった。二回目が致死率が高かった。ウイルスは変異する。新型コロナウイルスも絶対に油断してはいけない。

3体調が悪いとき無理したりさせられたりすることが感染を広げ病状を悪化させた。日本の職場の体質はマイナスにしか働かない。

4医療従事者へのケアがおろそかになってはならない。患者の命がかかっていると、自分が無理しても助けようとする。日本の看護師たちは低い賃金のまま体を張って戦っていることを忘れてはならない。

5政府が戦争遂行のため情報提供を制限し、マスコミもそれに従った。これが爆発的流行の大きな原因である。

6スペイン風邪は、世界大戦よりも多くの死者を出したが、歴史的な検証がなされなかった。データを残し、歴史的に検証できるようにしなければならない。危機脱出後、権力や利益を手に入れようとするものが増えるだろう。人類はウイルスと共生していくしかない運命にある。

7政府も民衆も、感情で理性が曇らされる。

8現在も疑心暗鬼が心底の差別意識を目覚めさせている。欧米でのアジア人差別や政治家の人間としての品性の喪失が国際的な協力を邪魔する。

9アメリカでは清掃業者がインフルエンザにかかり、町中にごみがたまった。都市の衛生状況を悪化させる。

10為政者や官僚も感染し、行政手続きが滞る。

6クリオの審判 

1本当に怖いのはウイルスではなく、ウイルスに怯える人間だ。不測の事態に対するリスクへの恐怖が高まり、個別生体管理型の権威国家や自己中心主義的なナルシズム国家がモデルとなるかもしれない。世界の秩序と民主主義国家は本格的な衰退を見せていくかもしれない。

2消毒サービスが流行し、恐怖鎮静化商品の市場価値が生まれ、潔癖主義に取りつかれ、有用な細菌やウイルスの絶滅危機、体内微生物相の弱体化、免疫系等への悪影響に晒されるかもしれない。

3 消毒文化の弊害や、あるウイルスを体内に共生させ他の病原菌から守る可能性の喪失、さらに、潔癖主義が人種主義と結びつき、ナチスの事例のようになると厄介である。

4世界史では一度も危機の反省から未来への指針を生み出したことがない。今回こそ指針を探ることはできないか。

5うがい、手洗い、歯磨き、洗顔、換気、入浴、食事、清掃、睡眠という日常の習慣を奪ってはいけない。戦争がこの習慣を奪ってきた。仕事が忙しくても、基本的な予防を実践することを上司が止めず、自ら進んでやること。

6組織内、家庭内の暴力や理不尽な命令に対し、異議申し立てをすることを自粛しない。

7災害や感染で簡単に中止や延期ができないイベントに国家が精魂を費やすことは、税金と時間の大きな損失となる。基本的な精神に立ち戻り、シンプルな運営に戻ること。

8経済のグローバル化の陰で戦争のような生活を送ってきた弱い立場に追いやられた人に、新型肺炎の飛沫感染がどんな意味を持つかを考える。この危機は、生活がいつも危機にある人にとっては日常である。新型コロナウイルスがこれらの人々に甚大で長期的な影響を及ぼすことが予測できる。

9立場にあるにもかかわらず、情報を抑制したり、的確に伝えなかったりする人たちに異議申し立てをやめない。情報の制限が一人の命を消すこともある。コロナウイルスに関する記事を無料にするのはメディアの社会的責任である。

10日本はパンデミック後も生き残るに値する国家なのかどうか、歴史の女神クリオに試されている。いかに、人間価値の根切と切り捨てに抗うかである。いかに、魔女狩りや弱い者への攻撃をする野蛮に打ち勝つかである。

11武漢で封鎖の日々を綴り公開した作家、方方は基準はただ一つ、弱者に対する態度であると喝破した。

12危機の時代は、隠されてきた人間の卑しさと日常の危機を顕在化させる。「しっぽ」の切り捨てと責任の押し付けでウイルスを「制圧」したと奢る国家は、パンデミック後の世界では、恥ずかしさのあまり崩れ落ちていくだろう。

 

考えたこと

私自身、新型コロナウイルスに対して、どんな姿勢を保つのか、どう向き合うのか、まったくわかっていませんでした。

毎日、あふれくる情報に翻弄され、疲弊していたといってもいいでしょう。

仕事は、休校措置による出先の見えない状態が、延々と続いています。

専門家の科学的な統計すら、信用が揺らぐことがあります。

マスコミ報道の、コロナウイルスに関する脅威度も、二転三転し、それに接して一喜一憂する日々が続いています。

 

多くの人が恐怖と不安の中で生活しているのは間違いない。

そんな中で、めぐりあったこの「パンデミックを生きる指針―歴史研究のアプローチ」は、文字通りの「生きる指針」を与えてくれたように思えました。

 

人類は何度も同じような経験をしてきているが、そこからの教訓を生かせていないことは、地震や大津波の例を思い出すと、その通りだとわかります。

 

では、どうするか。

著者の言うように、私たちは歴史に学ぶことができます。

専門的な医学や統計学はわからない、まったくの文系人間である私でも、歴史から学ぶことは、むしろ得意です。読書し、思索するのは、文系の基本的な能力ですから。

 

「生きる指針」とは、ある意味「哲学」のことです。

このパンデミックに立ち向かう、哲学の言説をまだ見ていなかった私には、この「パンデミックを~」は、コロナに対峙する自分の哲学的立場(生きる指針)を目覚めさせてくれました。

ちょっと大げさな表現になりましたが、この「パンデミックを生きる指針」を読んで、多くの人が、思索し、コロナに対する精神の支柱を得られることを期待します。

谷崎潤一郎の名作「吉野葛」に学ぶ 小説の描写 

谷崎潤一郎「吉野葛」にある柿の描写が好きなので、その魅力を考えてみました。

f:id:bluesoyaji:20200508191500j:image

次の三点についてみていきましょう。

  • 比喩が美しい
  • 一文の長さが心地よい
  • 感覚に訴える描き方がエモい

 

その三 初音の鼓

ずくしは蓋し熟柿であろう。空の火入れは煙草の吸い殻を捨てるためのものではなく、どろどろに熟れた柿の実を、その器に受けて食うのであろう。しきりにすすめられるままに、私は今にも崩れそうなその実の一つを恐々手のひらの上に載せてみた。円錐形の、尻の尖った大きな柿であるが、真っ赤に熟し切って半透明になった果実は、あたかもゴムの袋の如く膨らんでぶくぶくしながら、日に透かすと琅玕の珠のように美しい。市中に売っている樽柿などは、どんなに熟れてもこんな見事な色にはならないし、こう柔らかくなる前に形がぐずぐずに崩れてしまう。主人が云うのに、ずくしを作るには皮の厚い美濃柿に限る。それがまだ固く渋い時分に枝から捥いで、成るべく風のあたらない処へ、箱か籠に入れておく。そうして十日程たてば、何の人工も加えないで自然に皮の中が半流動体になり、甘露のような甘みを持つ。外の柿だと、中味が水のように融けてしまって、美濃柿の如くねっとりとしたものにならない。これを食うには半熟の卵を食うようにへたを抜き取って、その穴から匙ですくう法もあるが、矢張手はよごれても、器に受けて皮を剥いでたべる方が美味である。しかし眺めても美しく、たべてもおいしいのは、丁度十日目頃の僅かな期間で、それ以上日が立てばずくしも遂に水になってしまうと云う。
そんな話を聞きながら、私は暫く手の上にある一顆の露の玉に見入った。そして自分の手のひらの中に、この山間の霊気と日光とが凝り固まった気がした。昔田舎者が京へ上ると、都の土を一と握り紙に包んで土産にしたと聞いているが、私がもし誰かから、吉野の秋の色を問われたら、この柿の実を大切に持ち帰って示すであろう。
結局大谷氏の家で感心したものは、鼓よりも古文書よりも、ずくしであった。津村も私も、歯ぐきから腸の底へ沁み徹る冷たさを喜びつつ甘い粘っこい柿の実を貪るように二つまで食べた。私は自分の口腔に吉野の秋を一杯に頬張った。思うに仏典中にある菴摩羅果もこれ程美味ではなかったかも知れない。

 

 比喩が美しい

・円錐(えんすい)形の、尻の尖(とが)った大きな柿であるが、真っ赤に熟し切って半透明になった果実は、あたかもゴムの袋の如(ごと)く膨らんでぶくぶくしながら、日に透かすと琅玕の珠のように美しい

円錐形、尻、とくれば、女性の体つきを連想させます。谷崎特有の表現です。

風景に女体を見る場面もありました。

琅玕(ろうかん)とは、翡翠(ひすい)のことだそうです。透明なものほど高級だとか。

熟柿がまるで透明に近い翡翠のような美しさがあると言うのです。こんな表現、石好きでないとできません。

・甘露のような甘み 

 天が降らす甘い露という意味だそうです。中国古来の伝説。漢文の知識ですね。

・私は暫く手の上にある一顆の露の玉に見入った。そして自分の手のひらの中に、この山間の霊気と日光とが凝り固まった気がした。

 一顆の露の玉ですよ、美しい。しかも「山間の霊気と日光とが凝り固まった」ものなんです。

ここで梶井基次郎の「檸檬」の描写を連想するのは私だけでしょうか。

 

梶井基次郎が「吉野葛」の描写の影響を受けているのかも知れないと考えたのですが、

ちょっと気になるので調べてみました。

すると、梶井基次郎の「檸檬」は、1931年(昭和6年)刊行、ただし初出は、1925年(大正14年)です。

谷崎の「吉野葛」は、1931年(昭和6年)「中央公論」1月号、2月号に掲載です。

 

初出は梶井基次郎の方が早い、ということは、谷崎が「檸檬」を読んでいたかも知れないですね。あくまで仮定の話ですので、念のため。

・私は自分の口腔(こうこう)に吉野の秋を一杯に頬張った

 熟柿は吉野の秋の象徴になっています。その「秋を頬張る」んです。秀逸なキャッチコピーのようですね。

・思うに仏典中にある菴摩羅果もこれ程美味ではなかったかも知れない。

 菴摩羅果(あんもらか)とは、なんと「マンゴー」のことでした。知らなかった。

仏典中とあるので、「醍醐味」のような乳製品を思い浮かべたのですが、果物でした。

谷崎の教養の深さがうかがえました。

 

一文の長さが心地よい

引用した文章をワープロソフト「一太郎」で分析してみました。

「ツール」「文章校正」の「読みやすさ」によると、

文字数は840文字

文数は18文

段落数 3

平均文長 47文字

平均句読点間隔 16文字

文字使用率

漢字 33%

カタカナ 0%

 

これを平均的な文章である新聞のコラムと比べてみると、

平均文長 40文字

平均句読点間隔 18文字

文字使用率

漢字 48%

カタカナ4%

だそうです。(一太郎より)

 

平均文長が谷崎の方が長いのはイメージ通りです。

意外なのは、平均句読点間隔が新聞の方が長いこと。

谷崎は、あまり句読点を使わず、長々と続けると思っていたのですが。

漢字の使用率が少ないのは、谷崎の特長です。ひらがなが目立ちますね。

極論すると、古文に似た文章といえるのではないでしょうか。

 

感覚に訴える描き方がエモい

いいおっさんが「エモい」なんて使うな!とお叱りを受けそうです。

でも谷崎の文章を言い表すとしたら、今はこの「エモい」がぴったりします。

比喩でもいいましたが、女性の体つきに見立てる点は、「エモい」と言っていいでしょう。

それ以外にも、文全体が読み手の感覚に訴えてくることが魅力です。

 

最後に

ギターの練習方法に「耳コピ」という方法があります。

好きなギタリストの好きな演奏をそっくりそのまままねをすることです。そうすることで上達します。

小説を書くことにも「耳コピ」の方法を当てはめて、好きな作家の好きな表現を「筆コピ」するのはどうでしょうか。

きっとあなたの描写力も上がること間違いないと思います。

さあ、こんな時期だからこそ、うちで「筆コピ」しませんか。

 

吉野葛・蘆刈 (岩波文庫 緑 55-3)

吉野葛・蘆刈 (岩波文庫 緑 55-3)

 

 

アンモナイトの名前を調べてみた。自宅でできる遊び 初心者が化石の同定に挑戦

母岩から分離したため、形がはっきり見えるようになったので、アンモナイトの同定をやってみました。

f:id:bluesoyaji:20200507182504j:image
f:id:bluesoyaji:20200507182513j:image

f:id:bluesoyaji:20200507182521j:image
f:id:bluesoyaji:20200507182508j:image
f:id:bluesoyaji:20200507182517j:image

まずは白亜紀の羽ノ浦層で画像を検索。

すると、似たようなアンモナイトは、シュードハプロセラスか?

 

入手して置いた洋書を取り出してきて調べてみました。

Treatise on Invertebrate Paleontology

Volume4:Cretaceous Ammmonoidea

f:id:bluesoyaji:20200507182604j:image

デスモセラス科を見ていくと、ありました。

 

Pseudohaploceras

Moderately involute,slightly to moderately compressed,with convex sides;constructions regular,straight or sinuous,collaredin some;fairly fine,distinct,sharp or rounded,branching ribs between constractions,extending from umbilical edge and crossing venter.

 

 

単語の意味を調べてつなぐと、

 

ほどよくインボリュート曲線、ほんのり、ほどよく圧縮された、凸面;規則的な狭窄、まっすぐまたは波状の襟、かなり細かい、はっきりした、または丸みのある狭窄の間に分岐した肋、延伸したへその縁と交差する腹部

 

何のことかわからない文章になってしまいました。学生時代以来の英語に苦戦。

 

掲載されたイラストは全体が丸くて、この化石の、上下にへしゃげたフォルムとは異なります。

化石に圧力がかかり、形が変わることが多いそうです。

f:id:bluesoyaji:20200507182645j:image

他にもフィロパキセラス、シャスティクリオセラスといった名前も調べてみましたが、よくわかりませんでした。

 

さらにネットでいろいろあたってみて、このアンモナイトの名前は、シュードハプロセラスとしました。やれやれです。

間違っていたらごめんなさい。

 

ベランダで化石採集?ゴールデンウィークの自粛中にできる家遊び これ何?調べてみた

ベランダで化石採集した石を小割にして、化石を見やすくしてみました。

その時の記事はこちら。

 

www.bluesoyaji.com

f:id:bluesoyaji:20200504121219j:image
f:id:bluesoyaji:20200504121229j:image
f:id:bluesoyaji:20200504121223j:image
f:id:bluesoyaji:20200504121215j:image
f:id:bluesoyaji:20200504121206j:image

これはいったい何の化石なのか、調べてみました。

 

まずは図鑑です。

学生版 日本古生物図鑑 北陸館

原色化石図鑑 保育社

日本標準化石図譜 朝倉書店

f:id:bluesoyaji:20200504121013j:image

 

ところが、二枚貝もウニも、それらしきものが見つかりません。

google画像検索で調べてみると、象の目の画像ばかりが出てくる。

 

検索を続けていると、和歌山県立自然博物館の資料が参考になりました。

写真によく似たウニが載っています。

 

拡大すると

f:id:bluesoyaji:20200504121340j:image
f:id:bluesoyaji:20200504121335j:image
f:id:bluesoyaji:20200504121344j:image

ウニ
名前:ヘテラステル属の一種
学名:Heteraster sp.
産地:和歌山県有田郡湯浅町
地層:有田層
年代:中生代白亜紀前期(約1億3000万年前)

 

以前に入手したパンフレットにも、そっくりのウニの画像が載っていたので、これに決定しておきます。

ヘテラステル・マクロホルクス(Heteraster macroholocus)  

ブンブク類の一種 とありました。

ブンブクとは、昔話の分福茶釜から来ている名前だそうです。

 

 

トリゴニアは、これも和歌山県立自然博物館の資料からわかりました。


f:id:bluesoyaji:20200504121559j:image
f:id:bluesoyaji:20200504121553j:image
f:id:bluesoyaji:20200504121605j:image

f:id:bluesoyaji:20200504121710j:image
f:id:bluesoyaji:20200504121705j:image

 

二枚貝

名前:プテロトリゴニア・ポシリフォルミス
学名:Pterotrigonia pocilliformis
産地:和歌山県有田郡湯浅町
地層:有田層
年代:中生代白亜紀前期(約1億3000万年前)

 

 

いずれにせよ、白亜紀、およそ1億3千万年前という気の遠くなる時代に生きていた生物たちです。

人生百年と比べると、永遠ともいえる時代を石となって残り続けたこれらの化石に畏怖の念を抱きました。