bluesoyaji’s blog

定年後の趣味、大学入試問題の分析、国語の勉強方法、化石採集、鉱物採集、文学、読書、音楽など。高校生や受験生のみなさん、シニア世代で趣味をお探しのみなさんのお役に立てばうれしいです。

迷える羊は誰に出会ったのか?STRAY SHEEPのなぞはこれだった

迷える羊は誰に出会ったのか?

 

インフルエンザから回復して美禰子に会いに行く三四郎。

本文は青空文庫から引用しました。

 

朝飯後、シャツを重ねて、外套《がいとう》を着て、寒くないようにして美禰子の家へ行った。玄関によし子が立って、今|沓脱《くつぬぎ》へ降りようとしている。今兄の所へ行くところだと言う。美禰子はいない。三四郎はいっしょに表へ出た。

「もうすっかりいいんですか」

「ありがとう。もう直りました。――里見さんはどこへ行ったんですか」

「にいさん?」

「いいえ、美禰子さんです」

「美禰子さんは会堂《チャーチ》」

 美禰子の会堂へ行くことは、はじめて聞いた。どこの会堂か教えてもらって、三四郎はよし子に別れた。横町を三つほど曲がると、すぐ前へ出た。三四郎はまったく耶蘇教《やそきょう》に縁のない男である。会堂の中はのぞいて見たこともない。前へ立って、建物をながめた。説教の掲示を読んだ。鉄柵《てっさく》の所を行ったり来たりした。ある時は寄りかかってみた。三四郎はともかくもして、美禰子の出てくるのを待つつもりである。

 やがて唱歌の声が聞こえた。賛美歌《さんびか》というものだろうと考えた。締め切った高い窓のうちのでき事である。音量から察するとよほどの人数らしい。美禰子の声もそのうちにある。三四郎は耳を傾けた。歌はやんだ。風が吹く。三四郎は外套の襟《えり》を立てた。空に美禰子の好きな雲が出た。

 かつて美禰子といっしょに秋の空を見たこともあった。所は広田先生の二階であった。田端《たばた》の小川の縁《ふち》にすわったこともあった。その時も一人ではなかった。迷羊《ストレイ・シープ》。迷羊《ストレイ・シープ》。雲が羊の形をしている。

 忽然《こつぜん》として会堂の戸が開いた。中から人が出る。人は天国から浮世《うきよ》へ帰る。美禰子は終りから四番目であった。縞《しま》の吾妻《あずま》コートを着て、うつ向いて、上り口の階段を降りて来た。寒いとみえて、肩をすぼめて、両手を前で重ねて、できるだけ外界との交渉を少なくしている。美禰子はこのすべてにあがらざる態度を門ぎわまで持続した。その時、往来の忙しさに、はじめて気がついたように顔を上げた。三四郎の脱いだ帽子の影が、女の目に映った。二人は説教の掲示のある所で、互いに近寄った。

「どうなすって」

「今お宅までちょっと出たところです」

「そう、じゃいらっしゃい」

 女はなかば歩をめぐらしかけた。相変らず低い下駄《げた》をはいている。男はわざと会堂の垣《かき》に身を寄せた。

「ここでお目にかかればそれでよい。さっきから、あなたの出て来るのを待っていた」

「おはいりになればよいのに。寒かったでしょう」

「寒かった」

「お風邪はもうよいの。大事になさらないと、ぶり返しますよ。まだ顔色がよくないようね」

 男は返事をしずに、外套の隠袋《かくし》から半紙に包んだものを出した。

「拝借した金です。ながながありがとう。返そう返そうと思って、ついおそくなった」

 美禰子はちょっと三四郎の顔を見たが、そのまま逆らわずに、紙包みを受け取った。しかし手に持ったなり、しまわずにながめている。三四郎もそれをながめている。言葉が少しのあいだ切れた。やがて、美禰子が言った。

「あなた、御不自由じゃなくって」

「いいえ、このあいだからそのつもりで国から取り寄せておいたのだから、どうか取ってください」

「そう。じゃいただいておきましょう」

 女は紙包みを懐へ入れた。その手を吾妻コートから出した時、白いハンケチを持っていた。鼻のところへあてて、三四郎を見ている。ハンケチをかぐ様子でもある。やがて、その手を不意に延ばした。ハンケチが三四郎の顔の前へ来た。鋭い香《かおり》がぷんとする。

「ヘリオトロープ」と女が静かに言った。三四郎は思わず顔をあとへ引いた。ヘリオトロープの罎《びん》。四丁目の夕暮。迷羊《ストレイ・シープ》。迷羊《ストレイ・シープ》。空には高い日が明らかにかかる。

「結婚なさるそうですね」

 美禰子は白いハンケチを袂《たもと》へ落とした。

「御存じなの」と言いながら、二重瞼《ふたえまぶた》を細目にして、男の顔を見た。三四郎を遠くに置いて、かえって遠くにいるのを気づかいすぎた目つきである。そのくせ眉《まゆ》だけははっきりおちついている。三四郎の舌が上顎《うわあご》へひっついてしまった

 女はややしばらく三四郎をながめたのち、聞きかねるほどのため息をかすかにもらした。やがて細い手を濃い眉の上に加えて言った。

「我はわが愆《とが》を知る。わが罪は常にわが前にあり」

 聞き取れないくらいな声であった。それを三四郎は明らかに聞き取った。三四郎と美禰子はかようにして別れた。

 

 

美禰子は教会に行っていました。三四郎は初めてそれを知ります。

好きだった人の、根本的な大事なものを知らなかったということです。相手への深い理解はできなかったでしょう。

三四郎は、美禰子宅に金を借りに行ったとき、美禰子を待つ応接間で、カソリックの連想をしています。美禰子にはキリスト教的なものがあったということでしょう。

 

「空に美禰子の好きな雲が出た。

 かつて美禰子といっしょに秋の空を見たこともあった。所は広田先生の二階であった。田端《たばた》の小川の縁《ふち》にすわったこともあった。その時も一人ではなかった。迷羊《ストレイ・シープ》。迷羊《ストレイ・シープ》。雲が羊の形をしている。」

 

三四郎の心情描写だととれば、三四郎は感傷的になっていることがわかります。

初めて見せる人間くさい三四郎の姿かも知れません。

 

家に来るように促し、さらに気配りする美禰子に、三四郎は、ここでよいと言って、言葉少なく、半紙で包んだ金を差し出します。

金は二人を結びつけるものではなく、二人の間を引き離すものとなってしまいました。

 

美禰子が金を受け取れば、ほんとうに縁の切れ目になってしまいます。

受け取ったとき、美禰子は、白いハンカチを取り出し、においを嗅いだあと、不意に三四郎の顔の前にハンカチを突きつけます。「ヘリオトロープ」と美禰子が静かに言います。三四郎は思わずのけぞってしまいます。

美禰子からの突然の香水の攻撃。美禰子のねこパンチです。三四郎が驚くのも当然です。

「ヘリオトロープ」の香水は、三四郎が美禰子に選んだものでした。その花言葉は、「献身的な愛」「夢中」「熱望」です。

皮肉なことに、三四郎には欠けていたものばかりです。三四郎の、美禰子への態度にこれらの要素が少しでもあれば、美禰子が他の男と結婚を急ぐことにはならなかったでしょう。

むしろ、美禰子には、三四郎に対して「献身的な愛」「夢中」「熱望」がありました。

美禰子も三四郎も、お互い、望んだ姿の相手には出会えなかったのです。

これが「STRAY SHEEP」「迷える羊」の答えです。

 

三四郎は、「結婚なさるそうですね」「御存じなの」のやりとりのあと、何も言えません。

「おめでとうございます」くらいは言いましょう。

美禰子はため息を漏らして、「我はわが愆《とが》を知る。わが罪は常にわが前にあり」とかすかにつぶやきます。

「旧約聖書」詩篇第51篇3節に出てくる。ダビデ王の「懺悔の歌」として有名。(出典https://crd.ndl.go.jp/reference

 

懺悔をするのは美禰子ではなく、三四郎の方ではなかったのか。

三四郎を諦めた後、兄の友人と結婚することを決めた美禰子。しかも、よし子が先に縁談で断った相手です。言い方は悪いが、よし子のおこぼれです。

兄が結婚するので、美禰子も急いだのかも知れません。両親は早くに他界しています。

 

せめて、いい男との結婚であってほしいと思います。