明治の男はつらかったと思う。
鎌倉時代から数百年にわたって培われてきた武士道の美学と倫理、つまり禁欲と痩せ我慢があらゆる行動の指針になっているにもかかわらず、時代は確実に、金銭と欲望だけが支配する資本主義の方に進みつつあったからだ。つまり、いかにすれば、男子としての品位を汚さず、家族を養うだけの金銭を手に入れ、それでいながら、忠・孝・恩という儒教的モラルを侵犯せずに、おのれの感情に正直でいられるのか? 悩みはつきなかったにちがいない。
だが、そのつらさから、世界でも類を見ない文学が生まれた。それが漱石の文学であり、鴎外の文学である。
「鴎外の坂」新潮社 鹿島茂先生の書評より引用 https://allreviews.jp/review/1292
「三四郎」を読み終えたときのもやもや感の正体が、この文章でわかりました。
美禰子を好きなのに、素直に気持ちを表せない三四郎。禁欲と痩せ我慢、儒教的モラルにとらわれ、感情に正直でいられなかった三四郎。
学問の世界で生きて行くには、広田先生や野々宮さんのようにならなければならない。田舎の母親も東京に呼び寄せなければならない。
三四郎には「明治の男」のつらさがのしかかっていたはずです。
広田先生や、与次郎、野々宮さん、よし子、原口さんとは、普通に話したり、交際できたりするのに、美禰子にだけはそれができない三四郎。
三四郎は、サイコパス的か?というテーマが設定できるのではないかとも思います。
「サイコパスの主な特徴として挙げられるのが感情の一部が欠如しているという点である。特に自分以外の人間に対して、愛情であったり思いやりであったりなどといった感情が欠如しているため、非常に自己中心的な言動や行動を取ってしまう傾向にある。」
(weblio辞書 実用日本語表現辞典より引用)
美禰子とのやりとりは、一貫して、自己中心的な言動、行動を取っています。
読み進めていくうちに、美禰子が気の毒になり、三四郎にはほとんど共感できませんでした。
よく言われるのが、田舎から出てきた三四郎が、都会の女、美禰子に振り回されるという図式です。しかし、丁寧に読むと、美禰子が三四郎に振り回されているとしか言いようのない展開になっています。
これがもやもやポイントの大きな原因です。
美禰子が絵のモデルにもなるほどの美人であるのは間違いありません。それに釣り合うとしたら、三四郎は、限りなくイケメンでないといけないはずです。
あるいは、美禰子の好みにぴったり合う男であるはずです。
ところが三四郎は、美禰子が好む絵画の知識は全くなく、音楽の教養もありません。カソリックと思われる美禰子に対し、キリスト教には全く縁のない男なのです。
二人が共有できるものは何でしょうか。
広田先生を取り巻く人間関係くらいでしょうか。
あるいは、両親を早く亡くしている美禰子と父を亡くしている三四郎、つまり、親が揃っていない子同士という点でしょうか。
出会いからお互い惹かれ合っているのに、物語が進行しても、二人の関係は深化しません。美禰子からの愛を三四郎が拒む場面が続きます。
三四郎がようやく美禰子に向き合ったのは、最後に、結婚が決まった美禰子に借りていた金を返すときだけです。
好きな相手への情熱や本能的衝動、思い切った行動などは、三四郎は、まるで発揮しないのです。
さらにもやもや感を抱かせるのは、よし子の存在です。
美禰子と同居するよし子に、三四郎は、母親的なものを認め、安心して応対できるのです。美禰子にたびたびよし子のことを尋ねて、美禰子を刺激しています。よし子は美禰子への当て馬なのです。与次郎からも、よし子を嫁にもらえとすすめられるほどです。
三角関係までにはなり得ていませんが、奇妙な関係です。
ともかく、美禰子への情熱、本能の発動、愛情の表明が欠如していた三四郎が、美禰子と結婚できないのは当然の結果でした。
情熱や本能で動く男が小説に描かれるのは、「三四郎」が新聞連載された2年後、1910年(明治43年)に谷崎潤一郎の「刺青」が発表されるまで待たなければなりませんでした。