美禰子の本心をつかめるチャンスを逃した三四郎。美禰子の言った「STRAY SHEEP」の意味が分からず、とまどうばかりでした。
そんな三四郎の元に美禰子から絵はがきが届きます。
それには、二匹の羊と、大きな男が立っている絵が描かれていました。男は獰猛な顔つきで、
デビルと仮名が振られています。
本文は青空文庫から引用しました。
下宿へ帰って、湯にはいって、いい心持ちになって上がってみると、机の上に絵はがきがある。小川をかいて、草をもじゃもじゃはやして、その縁に羊を二匹寝かして、その向こう側に大きな男がステッキを持って立っているところを写したものである。男の顔がはなはだ獰猛《どうもう》にできている。まったく西洋の絵にある悪魔《デビル》を模したもので、念のため、わきにちゃんとデビルと仮名《かな》が振ってある。表は三四郎の宛名《あてな》の下に、迷える子と小さく書いたばかりである。三四郎は迷える子の何者かをすぐ悟った。のみならず、はがきの裏に、迷える子を二匹書いて、その一匹をあんに自分に見立ててくれたのをはなはだうれしく思った。迷える子のなかには、美禰子のみではない、自分ももとよりはいっていたのである。それが美禰子のおもわくであったとみえる。美禰子の使った stray《ストレイ》 sheep《シープ》 の意味がこれでようやくはっきりした。
与次郎に約束した「偉大なる暗闇」を読もうと思うが、ちょっと読む気にならない。しきりに絵はがきをながめて考えた。イソップにもないような滑稽《こっけい》趣味がある。無邪気にもみえる。洒落《しゃらく》でもある。そうしてすべての下に、三四郎の心を動かすあるものがある。
手ぎわからいっても敬服の至りである。諸事明瞭にでき上がっている。よし子のかいた柿の木の比ではない。――と三四郎には思われた。
美禰子は、先日の菊人形の混雑から逃れた美禰子と三四郎を羊に見立て、STRAY SHEEPとしているのです。
これを見た三四郎は、「はなはだうれしく思った」、「美禰子の使ったSTRAY BSHEEPの意味がこれでようやくはっきりした」と思います。
三四郎には謎だった美禰子の言葉は、二人は、どうしていいかわからない、決められない仲間同士、つまり、似たもの同士だというものだったのです。
STRAY SHEEPの種明かしをしています。
こんなイラスト付きの絵はがきを好きな女から送られたら、男はいちころになりますね。
洒落込んでいます。
美禰子は、すごかったのです。三四郎をあきらめたのではなかった。
より強烈な一手を三四郎に送りつけてきました。当然、三四郎の反応を待っているはずです。
三四郎は、「よし子のかいた柿の木の比ではない。ーと三四郎には思われた。」
よし子と比べてるどころじゃないぞ、三四郎。
すぐに返事を返さなくては。
ところが、「ぐずぐずしているうちに」出かける時間になってしまい、結局、返事は出さなかったのです。
また美禰子の絵はがきを取って、二匹の羊と例の悪魔《デビル》をながめだした。するとこっちのほうは万事が快感である。この快感につれてまえの不満足はますます著しくなった。それで論文の事はそれぎり考えなくなった。美禰子に返事をやろうと思う。不幸にして絵がかけない。文章にしようと思う。文章ならこの絵はがきに匹敵する文句でなくってはいけない。それは容易に思いつけない。ぐずぐずしているうちに四時過ぎになった。
挙げ句に「既読スルー」です。
はがきをもらって相手の思いがわかって、うれしかったのなら、とりあえずの返事くらいは出しましょうよ。普通の男なら。
三四郎の、この間の悪さ、気の効かないところは、コミュニケーション能力の欠如というよりも、一種、病的なものに思えてきます。
考えすぎて行動できない病か、完璧を求めてかえって何もしない病か、要するに、頭でっかちで、自分のことにとらわれて、相手のことに心が及ばないのです。
そら、あかんやろ、三四郎。
三四郎の残念なところです。
この後、三四郎はどう挽回するのでしょうか。
続く(予定)