bluesoyaji’s blog

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美禰子に会いに行く前の、三四郎の心情は?STRAY SHEEPのなぞを考える

三四郎は、与次郎に頼まれて金を貸します。

与次郎が、広田先生から預かった、野々宮さんに返す予定の金を競馬で摩ってしまったからです。

与次郎は金策の結果、美禰子に金を借りることになりましたが、美禰子がつけた条件は、三四郎が金を受け取りに来ることです。

三四郎はその条件を飲み、美禰子宅を訪問することになりました。

美禰子はどんな対応をするでしょうか。

 

美禰子に会いに行く前の、三四郎の心情を見ておきましょう。

本文は青空文庫から引用しました。

 

三四郎はその晩与次郎の性格を考えた。長く東京にいるとあんなになるものかと思った。それから里見へ金を借りに行くことを考えた。美禰子の所へ行く用事ができたのはうれしいような気がする。しかし頭を下げて金を借りるのはありがたくない。三四郎は生まれてから今日にいたるまで、人に金を借りた経験のない男である。その上貸すという当人が娘である。独立した人間ではない。たとい金が自由になるとしても、兄の許諾を得ない内証の金を借りたとなると、借りる自分はとにかく、あとで、貸した人の迷惑になるかもしれない。あるいはあの女のことだから、迷惑にならないようにはじめからできているかとも思える。なにしろ会ってみよう。会ったうえで、借りるのがおもしろくない様子だったら、断わって、しばらく下宿の払いを延ばしておいて、国から取り寄せれば事は済む。――当用はここまで考えて句切りをつけた。あとは散漫に美禰子の事が頭に浮かんで来る。美禰子の顔や手や、襟《えり》や、帯や、着物やらを、想像にまかせて、乗《か》けたり除《わ》ったりしていた。ことにあした会う時に、どんな態度で、どんな事を言うだろうとその光景が十《と》通りにも二十《にじっ》通りにもなって、いろいろに出て来る。三四郎は本来からこんな男である。用談があって人と会見の約束などをする時には、先方がどう出るだろうということばかり想像する。自分が、こんな顔をして、こんな事を、こんな声で言ってやろうなどとはけっして考えない。しかも会見が済むと後からきっとそのほうを考える。そうして後悔する。

 

  

三四郎が原因で美禰子から金を借りるわけではないので、頭を下げるのはありがたくないとか、おもしろくなかったら断って、といった気持ちの余裕?が三四郎にはあります。

 また、美禰子のことをあれこれ妄想するのは、惚れている証拠。そこまで思っているなら、なぜ、今まで自分の思いを伝える行動できなかったのか。三四郎の残念なポイントです。

  

 

ことに今夜は自分のほうを想像する余地がない。三四郎はこのあいだから美禰子を疑っている。しかし疑うばかりでいっこうらちがあかない。そうかといって面と向かって、聞きただすべき事件は一つもないのだから、一刀両断の解決などは思いもよらぬことである。もし三四郎の安心のために解決が必要なら、それはただ美禰子に接触する機会を利用して、先方の様子から、いいかげんに最後の判決を自分に与えてしまうだけである。あしたの会見はこの判決に欠くべからざる材料である。だから、いろいろに向こうを想像してみる。しかし、どう想像しても、自分につごうのいい光景ばかり出てくる。それでいて、実際ははなはだ疑わしい。ちょうどきたない所をきれいな写真にとってながめているような気がする。写真は写真としてどこまでも本当に違いないが、実物のきたないことも争われないと一般で、同じでなければならぬはずの二つがけっして一致しない。

 

 

「面と向かって聞きただすべき事件は一つもない」と考える三四郎ですが、美禰子に会って直接、自分の思いを伝えれば済むことだし、美禰子を疑っているなら、その疑問を抱く心境を美禰子に伝えたら解決するのではないかと思うのですが。

三四郎には、どんな事情があるのでしょうか。

 

 最後にうれしいことを思いついた。美禰子は与次郎に金を貸すと言った。けれども与次郎には渡さないと言った。じっさい与次郎は金銭のうえにおいては、信用しにくい男かもしれない。しかしその意味で美禰子が渡さないのか、どうだか疑わしい。もしその意味でないとすると、自分にははなはだたのもしいことになる。ただ金を貸してくれるだけでも十分の好意である。自分に会って手渡しにしたいというのは――三四郎はここまで己惚れてみたが、たちまち、

「やっぱり愚弄《ぐろう》じゃないか」と考えだして、急に赤くなった。もし、ある人があって、その女はなんのために君を愚弄するのかと聞いたら、三四郎はおそらく答ええなかったろう。しいて考えてみろと言われたら、三四郎は愚弄そのものに興味をもっている女だからとまでは答えたかもしれない。自分の己惚れを罰するためとはまったく考ええなかったに違いない。――三四郎は美禰子のために己惚れしめられたんだと信じている。

 

 

また三四郎得意のひとり相撲です。美禰子に好意を持たれているのではないかと、「うれしい思いつき」をしながら、「やっぱり愚弄じゃないか」と赤面する。

なぜ素直に美禰子の好意を受け止められないのか。ある意味、ひねくれた解釈をしてしまう三四郎の「認知のゆがみ」がここでもうかがえます。

 

美禰子本人に会う前に、これだけの労力?を費やして、あれこれ考え込む三四郎。

現代人から見れば、もっとシンプルに考えて行動できないのかと疑ってしまいますが。

三四郎の心情を踏まえたうえで、次は、いよいよ美禰子宅訪問です。