bluesoyaji’s blog

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STRAY SHEEP「三四郎」夏目漱石 美禰子と三四郎の出会いⅡ(美禰子と再会する)

美禰子と三四郎の出会いⅡ(美禰子と再会する)

 

美禰子の容姿と行動について見ていきます。

本文は青空文庫から引用しました。

 

 

美禰子との再会

 

野々宮さんに頼まれて、妹よし子の病室に荷物を届けに行った帰りに、病院の廊下で美禰子(池の女)と再会する場面です。

美禰子は、よし子の病室を尋ねてきており、三四郎に病室の位置を尋ねます。

 

 挨拶をして、部屋を出て、玄関正面へ来て、向こうを見ると、長い廊下のはずれが四角に切れて、ぱっと明るく、表の緑が映る上がり口に、池の女が立っている。はっと驚いた三四郎の足は、さっそく歩調に狂いができた。その時透明な空気の画布《カンバス》の中に暗く描かれた女の影は一足前へ動いた。三四郎も誘われたように前へ動いた。二人は一筋道の廊下のどこかですれ違わねばならぬ運命をもって互いに近づいて来た。すると女が振り返った。明るい表の空気の中には、初秋《はつあき》の緑が浮いているばかりである。振り返った女の目に応じて、四角の中に、現われたものもなければ、これを待ち受けていたものもない。三四郎はそのあいだに女の姿勢と服装を頭の中へ入れた。

 

 

 

長い廊下の先が明るい四角になっており、そこに美禰子のシルエットが逆光で浮かび上がります。

「暗く描かれた女の影」とあるように、絵画としてとらえているのは最初の出会いと同じです。

振り返る美禰子の先には何もありません。これは意図的な所作でしょうか。

三四郎に早くから気づいて、交差するタイミングを計っているのでしょうか。

 

美禰子の容姿

 

着物の色はなんという名かわからない。大学の池の水へ、曇った常磐木《ときわぎ》の影が映る時のようである。それはあざやかな縞《しま》が、上から下へ貫いている。そうしてその縞が貫きながら波を打って、互いに寄ったり離れたり、重なって太くなったり、割れて二筋になったりする。不規則だけれども乱れない。上から三|分《ぶ》一のところを、広い帯で横に仕切った。帯の感じには暖かみがある。黄を含んでいるためだろう。

 うしろを振り向いた時、右の肩が、あとへ引けて、左の手が腰に添ったまま前へ出た。ハンケチを持っている。そのハンケチの指に余ったところが、さらりと開いている。絹のためだろう。――腰から下は正しい姿勢にある。

 

 

明治時代の中頃の着物を調べてみると、「銘仙」と呼ばれるものがありました。モダンな柄のものもあったようです。美禰子の着物も銘仙だったのでしょうか。

「ハンケチ」は、後に重要な小物として出てきます。

 女はやがてもとのとおりに向き直った。目を伏せて二足ばかり三四郎に近づいた時、突然首を少しうしろに引いて、まともに男を見た。二重瞼《ふたえまぶた》の切長《きれなが》のおちついた恰好《かっこう》である。目立って黒い眉毛《まゆげ》の下に生きている。同時にきれいな歯があらわれた。この歯とこの顔色とは三四郎にとって忘るべからざる対照であった。

 

 

 

美禰子の一瞥、第二弾です。第一弾は、池の畔で初めて出会ったときでした。

今回はより具体的な描写があります。

二重瞼の切長、黒い眉、きれいな歯、つまり、笑顔を伴った一瞥です。

三四郎に効き目があった事は間違いありません。三四郎に「忘るべからざる」印象を与えました。

 

 

きょうは白いものを薄く塗っている。けれども本来の地を隠すほどに無趣味ではなかった。こまやかな肉が、ほどよく色づいて、強い日光《ひ》にめげないように見える上を、きわめて薄く粉《こ》が吹いている。てらてら照《ひか》る顔ではない。

 肉は頬といわず顎といわずきちりと締まっている。骨の上に余ったものはたんとないくらいである。それでいて、顔全体が柔かい。肉が柔かいのではない骨そのものが柔かいように思われる。奥行きの長い感じを起こさせる顔である。

 

 

薄化粧の趣味もよく、肉の引き締まった顔は平坦ではなく、柔らかさと奥行きを感じさせる。

なんとも細かく描写されています。

これだけの情報を、わずかの間に三四郎は美禰子の顔から読み取っているのです。驚くべきべき集中力、観察力を行使しています。それだけの緊張感を強いる存在と言ってもよいでしょう。

 

美禰子の行動

 

 

女は腰をかがめた。三四郎は知らぬ人に礼をされて驚いたというよりも、むしろ礼のしかたの巧みなのに驚いた。腰から上が、風に乗る紙のようにふわりと前に落ちた。しかも早い。それで、ある角度まで来て苦もなくはっきりととまった。むろん習って覚えたものではない。

「ちょっと伺いますが……」と言う声が白い歯のあいだから出た。きりりとしている。しかし鷹揚《おうよう》である。ただ夏のさかりに椎《しい》の実がなっているかと人に聞きそうには思われなかった。三四郎はそんな事に気のつく余裕はない。

 

 

美禰子の上品で洗練された所作が三四郎を驚かせます。

「夏のさかりに椎の実がなっているかと人に聞きそう」とは、美禰子と初めて出会った場面で、美禰子が連れの看護婦に尋ねたことを指しています。

秋に実がなることを知らない、そんな当たり前の事がわかっていない子供じみたところがある、と言った意味でしょうか。。

椎の実は、それを生で食用にしたそうです。明治時代とはいえ、都会の東京では、そういった習慣はなかったのかも知れません。田舎育ちの三四郎には、知っていて当然の事なので、気になったのでしょう。

 

美禰子との会話

 

「十五号室はどの辺になりましょう」

 十五号は三四郎が今出て来た部屋である。

「野々宮さんの部屋ですか」

 今度は女のほうが「はあ」と言う。

「野々宮さんの部屋はね、その角を曲がって突き当って、また左へ曲がって、二番目の右側です」

「その角を……」と言いながら女は細い指を前へ出した。

「ええ、ついその先の角です」

「どうもありがとう」

 女は行き過ぎた。三四郎は立ったまま、女の後姿を見守っている。女は角へ来た。曲がろうとするとたんに振り返った。三四郎は赤面するばかりに狼狽《ろうばい》した。女はにこりと笑って、この角ですかというようなあいずを顔でした。三四郎は思わずうなずいた。女の影は右へ切れて白い壁の中へ隠れた。

 三四郎はぶらりと玄関を出た。医科大学生と間違えて部屋の番号を聞いたのかしらんと思って、五、六歩あるいたが、急に気がついた。女に十五号を聞かれた時、もう一ぺんよし子の部屋へあともどりをして、案内すればよかった。残念なことをした。

 

 

美禰子と初めて言葉を交わします。野々宮の妹、よし子の部屋を尋ねるものでした。

ついさっきまで、その部屋にいた三四郎は、直接案内する事を思いつきません。美禰子の後ろ姿に見とれて立ちすくむだけです。

そこへ、突然の振り返り。美禰子の視線にとらえられて三四郎はうろたえます。にこりと笑う美禰子。三四郎が気の毒に思えるほど、余裕たっぷりです。

もう、勝負は最初からついているようなものです。

 

三四郎の行動

 

三四郎はどうすればよかったでしょうか。

野々宮よし子の部屋を尋ねられたとき、自分も用件があって訪れていた事を話して、直接部屋まで案内する、その際に自己紹介をして、相手の名前とよし子との関係を尋ねる、これくらいの事は、やってもおかしくありません。

でも、三四郎は、それが出来ないのです。人見知りなのか、勇気がないのか、慎重なのかわかりません。

事後にあれこれ考えつづけるぐらいなら、瞬発力を持って行動した方がよいように思えるのですが。

 

ところで、この場面だけをみると、三四郎のふがいなさが目につきます。しかし、この場面までの流れを確認してみると、また違った見方も出来ます。

  

 これまでの流れ

三四郎は、野々宮さんに用事があり、野々宮宅を訪問します。野々宮さんには妹がいて、入院しています。その妹から電報が来て、野々宮さんは三四郎に留守番を頼んで、病院に出向きます。

その夜、三四郎は「ああああ、もう少しの間だ」と言う声を聞きつけ、直後に汽車が轟音を立てて通り過ぎます。若い女が身投げをして、上半身だけの轢死体になっているのを目撃します。若い女の死ぬ直前の声を聞き、直後の死に顔を見てしまうという体験をしています。

翌朝、帰宅した野々宮さんから妹への用事を頼まれ、病院に出向きます。

初対面のよし子は、三四郎には好ましい女に映ります。病名や病状はわかりません。

そして、病室を退去した直後に、美禰子に出会うのです。

 

自殺した女、病気の女、生き生きした女、つまり、死→病→生という流れがあります。

三四郎は、これらを一日も経たないうちに経験しているのです。

平常心でいられるほうが不思議です。過酷な(?)心理状態に置かれた中で、美禰子と遭遇し、言葉を交わしています。その時の反応がふがいないからといって、三四郎を責めるのは酷かもしれません。

三四郎にとっては、昨夜の女の死体、初対面のよし子に続いて、再会した美禰子の美しさは、際だって印象深かったでしょう。

 

「三四郎」には、こういった重層的な仕掛けがあります。

この他も美禰子と三四郎について、さまざまな点から見ていきます。

 

続く(予定)