bluesoyaji’s blog

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大西巨人 闘争する秘密 石橋正孝 左右社を読んで考えた 「神聖喜劇」の漫画版と若い読者について

大西巨人 闘争する秘密 石橋正孝 左右社

を読んで、「神聖喜劇」の漫画版と若い読者について考えてみました。

 

第一部 初期 第一章「走る男」あるいは<孤独>の軌道


神聖喜劇」の漫画版が、2006年に上梓され、2008年には、NHKが「神聖喜劇ふたたびー作家・大西巨人の闘い」というドキュメンタリーを放映した。
私は、「神聖喜劇」の漫画版をすぐに購入し、読んだ。しかし、二三巻までで、全六巻は読んでいない。

初読の感想は、原作を読んだときの感とは違った。悪くはないが、これで新たな若い読者を獲得することになるのかと思った。


著者(石橋正孝)も書いているように、漫画版への評価は様々であった。


私自身、漫画は子供の時に少し読んでいた程度で、思春期以降は皆無である。したがって、漫画の表現方法を論じ、批評をする能力はない。
ただ、漫画版で「神聖喜劇」を最後まで読んでみたいとは思わなかった。

 

著者は、文学作品と挿し絵の関係を、フランス文学の例で論じていく。

フロベールの言葉、「挿絵に描かれた一人の女は要するに一人の女にしか似ていない。」を引用して考察している。
「エンターテイメント小説も含めた文学作品全体から挿絵が消失した結果、その自律性が獲得されたといえるのではないか。」と述べている。

 

個人的には、漫画版の東堂太郎のイメージがしっくりこなかった。

 

昨今の漫画の映像化、映画のノベライズなどのブームは、あらたな読者を獲得することに大いに貢献しているだろう。

著者は、挿絵の除外が、「エリート的な読者以外の広範な層から文学に触れる機会が奪われてしまいかねない。」と危惧する。そして、漫画版「神聖喜劇」を一種の挿絵と見なし、評価したいと述べている。

 

「エリート的な読者」で「神聖喜劇」を読了した人数は、全国の高校生で一年間に何人ぐらいいるだろうか。
あくまで高校教師の私見だが、数百人、いや、百人程度かもしれない。

 

もし、「神聖喜劇」の若い読者を増やすなら、ストーリー展開に絞った縮刷版をまずは出してみる、大学入試の現代文問題に出題する、教科書に小説教材として掲載する、といった方法が考えられる。

 

実際、高校の教科書に掲載されるのは難しいだろう。しかし、全国の高校生のうち、かなりの人数が、村上春樹の小説よりも、夏目漱石「こころ」を教科書で読んでいることを考えると、実現してほしいところである。

 

大学入試問題に出題する方が、実現しやすいであろう。
どこかの大学や短大の問題作成委員の先生、「神聖喜劇」を取り上げてみませんか?