bluesoyaji’s blog

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「三四郎」夏目漱石 を読んで考えた 「STRAY SHEEP」その2 宿屋での女

今回は「三四郎」の山場(?)のひとつ、女と宿屋に同宿する場面です。

前回見たように、女と話す機会を失った三四郎ですが、今度は女から話しかけられます。三四郎の対応に注目しましょう。

 

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宿屋での女

1及び腰になって、顔を三四郎のそばまでもって来ている。三四郎は驚いた。

2女はようやく三四郎に名古屋に着いたら迷惑でも宿屋へ案内してくれと言い出した。一人では気味が悪いからと言って、しきりに頼む。

3なにしろ知らない女なんだから、すこぶる躊躇したにはしたが、断然断る勇気も出なかったので、まあいいかげんな生返事をしていた。

 

女に対し、慎重だが、「断る勇気も出ない」点から、三四郎が受身的であることがわかります。

三四郎の好みである女性に同宿を頼まれる、その状況に三四郎は自分の意志を発揮しません。僥倖を喜ぶというわけでもなく、迷惑だから拒絶するわけでもない。

この優柔不断なところが、読者には「うぶ」でよいのかも知れません。三四郎が「イケイケ」だったら興ざめするでしょう。この作品自体が破綻してしまうかも。

 

手頃な宿屋を見つけてはいります。

4上がり口で二人連れではないと断るはずのところを、(中略)やむを得ず無言のまま二人とも梅の四番へ通されてしまった。

5もうこの夫人は自分の連れではないと断るだけの勇気が出なかった。

 

宿の人に、同伴でないと断る機会を失い、二人連れと思われ、同部屋に入ります。

「勇気が出ない」という三四郎の本領(?)が発揮されています。

この後の展開が見物(読みどころ)です。


6三四郎は着物を脱いで、風呂桶の中へ飛び込んで、少し考えた。こいつはやっかいだとじゃぶじゃぶやっていると、廊下に足音がする。
7例の女が入り口から、「ちいと流しましょうか」と聞いた。三四郎は大きな声で、「いいえ、たくさんです」と断った。
8しかし女は出て行かない。かえってはいってきた。そうして帯を取り出した。三四郎と一緒に行を使うと見える。別に恥ずかしい様子も見えない。
9三四郎はたちまち湯船を飛び出した。そこそこにからだをふいて座敷へ帰って、座蒲団の上にすわって、少なからず驚いていると、下女が宿帳を持ってきた。

 

どうでしょう、女は完全に三四郎に好意を抱いており、三四郎の自分への並々ならぬ関心もわかっている。夫も子どももいる女は、完全に三四郎を食ってしまっています。

(旧制)高等学校を卒業し、帝国大学(東京大学)に入学する三四郎の知性や教養は高くても、人生経験は女のほうがはるかに上回っています。

 

三四郎のこの場面から、「高野聖」を連想しました。

泉鏡花「高野聖」(明治33年)に若い修行僧が、山奥の谷川で、美しい女性に身体を流してもらうという場面があります。

「高野聖」では、その「お嬢様」に欲情した男は、牛や馬や猿や蟇、蝙蝠に姿を変えられてしまうと言います。

三四郎は、女の誘いに驚き、逃げ出してしまいました。

 

10すると女は「ちょいと出てまいります」と言って部屋を出て行った。三四郎はますます日記が書けなくなった。どこへ行ったんだろうと考え出した。

列車が遅れて名古屋に止まることになったのを実家に知らせるために、女は電報でも打ちに行ったのでしょうか。それとも…いろいろ想像させられます。

 

11「失礼ですが、私は癇性で人の蒲団に寝るのがいやだから少し蚤よけの工夫をやるから御免なさい」
12三四郎はこんなことを言って、あらかじめ、敷いてある敷布の余っている端を女の寝ている方へ向けてぐるぐる巻きだした。そうして布団のまん中に白い長い仕切りをこしらえた。女は向こうへ寝返りを打った。
13その晩は三四郎の手も足もこの幅の狭い西洋手拭の外には一寸も出なかった。女は一言も口をきかなかった。女も壁を向いたままじっとして動かなかった。

 

これは子供じみた振る舞いに思えます。女との間に心理的な壁を設けることで、女からの誘いや、女に身をゆだねてしまう自分の性欲に、歯止めをしたつもりでしょう。

三四郎の体面か、自己抑制力か、人生経験の不足か。いろいろな解釈ができておもしろい場面です。

「手も足もこの幅の狭い西洋手拭の外には一寸も出なかった」という記述が窮屈な三四郎の心情を語っています。

 

 

14女はにこりと笑って、「昨夜は蚤は出ませんでしたか」と聞いた。三四郎は「ええ、ありがとう、おかげさまで」というようなことをまじめに答えながら、下を向いて、お猪口の葡萄豆をしきりに突っつきだした。

 

翌朝の女の言葉は、皮肉にも聞こえます。三四郎のきまり悪そうな様子もいじらしく感じられます。

 

そして、駅での別れの場面。衝撃の一言。

15ただ一言、「さよなら」と言った。女はその顔をじっとながめていた、が、やがておちついた調子で、「あなたはよっぽど度胸のないかたですね」と言って、にやりと笑った。
16三四郎はプラットフォームの上はじき出されたような心持ちがした。車の中へはいったら両方の耳がいっそうほてりだした。しばらくはじっと小さくなっていた。

 

なんとも三四郎が気の毒になる場面です。正義感か道徳心か、とにかく三四郎を抑えていたものが、この女の一言で、木っ端みじんに吹き飛んでしまいます。

恐るべし、女の一言。

 

ここには意気揚々と、東京大学に進学する前途ある青年の姿はなく、大きな失敗をやらかして、自分の弱点を見事に指摘され落ち込む青年の姿が示されます。

 

しかし、まだ序の口です。このあと東京では、もっと手強い女性に出会うことになります。

 

つづく(予定)